すっかり日も傾き始めた頃、小学生のお母さんたちが子供たちの名前を呼び、バスケはお開きとなった。
「お姉ちゃん、バイバイ!」と次々に小学生たちが手を振って帰宅していく様子を、ほほ笑ましく見送る。
バスケ少年たちと数時間遊んでも体力が持つようになって来た自分の体に感激する。
「さて、私も帰るか」
途中で脱ぎ捨てたパーカーを着ようと振り返ると、そこにまだ一人少年が残っていた。
携帯を握り締めながら、ベンチに座っている。
「あれ、たくや君。お迎えは?」
以前、私にボールがぶつかったことを謝り、バスケに入れてくれた少年だ。
「遅れているみたい。今日はお父ちゃんが来る予定だったのに」
「お仕事なの?」
隣に座り、パーカーを羽織る。
拓也はこくんと頷いた。
「そっか」
私は辺りを見渡した。
日没が早いこの季節は、夕方の5時を過ぎるとあっという間に真っ暗になってしまう。
高級住宅街に囲まれた大きな公園とはいえ、ここにいるのは何となく危険な気がした。
「お父さんがどこで働いているか知ってる?この近く?」
「うん。そこのジムなんだ」
(事務…?この近くの会社かな)
確かにいくつかオフィスビルがあるのは知っている。
「お父さんが遅いなら、こっちから迎えに行っちゃおうか?」
私がそう言うと、拓也は私を見上げて嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「本当にここ…?」
拓也の手を握りながら、私は見覚えのあるビルを見上げた。
「うん!ここのジムで働いてる!」
私の手を引っ張って先導する拓也の後ろについて行く。
いつぞや、お世話になったボクシングジムだった。
「お父さ~ん!」
ガラス扉を大きく開け放ち、拓也は大声で叫んだ。
ジムのど真ん中には、リング場があり、奥の方にはサンドバッグがいくつもぶら下がっている。営業外の時間なのか、人の数はあまり多くはないが、未だにトレーニングしている人たちがまだ数名ほど残っていた。
掃除をしていた大きな体の男性が、こちらを向いた。
「卓也!」
飛びつく拓也を軽々持ち上げ、驚いたように言った。
「一人でここまで来たのか?」
「ううん!お姉ちゃんと一緒に!」
拓也が後ろを向くので、その視線を追う父親。そこで入り口に立っている私とばっちり目が合った。
「おや。あなたは…」
男性の瞳が大きく見開かれた。
「いつぞやは、お世話になりました」
親子に近づき、私はお辞儀をした。
「あの時のお人形ちゃん」
彼の記憶にも新しいのだろう。
ドレス姿で突然押しかけて、サンドバッグを一つ貸して欲しいと言い、一心不乱にパンチを打ち込む、なんとも場違いな女子のことを。
「うちの息子とは、どこで?」
トレーニングしている人たちの邪魔にならないように、端に寄りながら男性は聞いた。
「バスケのお姉ちゃんだよ」
拓也は楽しそうに言った。
「最初はすごく下手だった、あのお姉ちゃん」
「ああ、例の。拓也がよく家で話してくれました」
「そうなんですね…」
思わず赤面してしまう。
スリーポイントが中々入らず小学生が辟易していたあの事を語り継いでいるのだろうか。
「でも、もう下手じゃないでしょ?」
拓也の目線になって私が聞くと、彼は大きく頷いた。
「今はカッコいいよ」
名誉挽回のつもりが、小学生の真っ直ぐな褒め言葉に逆に恥ずかしくなってしまった。
「最近はどうですか?」父親が優しく聞いた。
ふっと伊坂の事が脳裏によぎった。
突然いなくなってしまった一番近しい友人。背後に誰がいようとも、それはきっと私のせいなのかもしれない。
黙ってしまった私を気遣ってか、男性は言った。
「少し、打っていきます?」
「お姉ちゃん、バイバイ!」と次々に小学生たちが手を振って帰宅していく様子を、ほほ笑ましく見送る。
バスケ少年たちと数時間遊んでも体力が持つようになって来た自分の体に感激する。
「さて、私も帰るか」
途中で脱ぎ捨てたパーカーを着ようと振り返ると、そこにまだ一人少年が残っていた。
携帯を握り締めながら、ベンチに座っている。
「あれ、たくや君。お迎えは?」
以前、私にボールがぶつかったことを謝り、バスケに入れてくれた少年だ。
「遅れているみたい。今日はお父ちゃんが来る予定だったのに」
「お仕事なの?」
隣に座り、パーカーを羽織る。
拓也はこくんと頷いた。
「そっか」
私は辺りを見渡した。
日没が早いこの季節は、夕方の5時を過ぎるとあっという間に真っ暗になってしまう。
高級住宅街に囲まれた大きな公園とはいえ、ここにいるのは何となく危険な気がした。
「お父さんがどこで働いているか知ってる?この近く?」
「うん。そこのジムなんだ」
(事務…?この近くの会社かな)
確かにいくつかオフィスビルがあるのは知っている。
「お父さんが遅いなら、こっちから迎えに行っちゃおうか?」
私がそう言うと、拓也は私を見上げて嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「本当にここ…?」
拓也の手を握りながら、私は見覚えのあるビルを見上げた。
「うん!ここのジムで働いてる!」
私の手を引っ張って先導する拓也の後ろについて行く。
いつぞや、お世話になったボクシングジムだった。
「お父さ~ん!」
ガラス扉を大きく開け放ち、拓也は大声で叫んだ。
ジムのど真ん中には、リング場があり、奥の方にはサンドバッグがいくつもぶら下がっている。営業外の時間なのか、人の数はあまり多くはないが、未だにトレーニングしている人たちがまだ数名ほど残っていた。
掃除をしていた大きな体の男性が、こちらを向いた。
「卓也!」
飛びつく拓也を軽々持ち上げ、驚いたように言った。
「一人でここまで来たのか?」
「ううん!お姉ちゃんと一緒に!」
拓也が後ろを向くので、その視線を追う父親。そこで入り口に立っている私とばっちり目が合った。
「おや。あなたは…」
男性の瞳が大きく見開かれた。
「いつぞやは、お世話になりました」
親子に近づき、私はお辞儀をした。
「あの時のお人形ちゃん」
彼の記憶にも新しいのだろう。
ドレス姿で突然押しかけて、サンドバッグを一つ貸して欲しいと言い、一心不乱にパンチを打ち込む、なんとも場違いな女子のことを。
「うちの息子とは、どこで?」
トレーニングしている人たちの邪魔にならないように、端に寄りながら男性は聞いた。
「バスケのお姉ちゃんだよ」
拓也は楽しそうに言った。
「最初はすごく下手だった、あのお姉ちゃん」
「ああ、例の。拓也がよく家で話してくれました」
「そうなんですね…」
思わず赤面してしまう。
スリーポイントが中々入らず小学生が辟易していたあの事を語り継いでいるのだろうか。
「でも、もう下手じゃないでしょ?」
拓也の目線になって私が聞くと、彼は大きく頷いた。
「今はカッコいいよ」
名誉挽回のつもりが、小学生の真っ直ぐな褒め言葉に逆に恥ずかしくなってしまった。
「最近はどうですか?」父親が優しく聞いた。
ふっと伊坂の事が脳裏によぎった。
突然いなくなってしまった一番近しい友人。背後に誰がいようとも、それはきっと私のせいなのかもしれない。
黙ってしまった私を気遣ってか、男性は言った。
「少し、打っていきます?」


