悲劇のフランス人形は屈しない

〈ほらあ、婚約者さまに挨拶しないと!〉
〈きゃ!〉
〈もう!本当恥ずかしがり屋さんなんですから、白石さんは。せっかく婚約者さまが来たのだから挨拶しないと!〉
〈か、かいとさま。ごめんなさい、ぶつかってしまって。私・・・〉
〈離せ。触るな〉
〈ご、ごめんなさい!〉
〈天城さま、いつもと雰囲気が違いますわね。最近うまくいってませんの?〉
ふっと脳内の声は止み、こめかみにじりじりとした痛みだけが残っている。
「え。なに、今の・・・?」
呆然としていると、いきなり強く背中を押された。
「ほらあ、婚約者さまに挨拶しないと!」
「え」
咄嗟のことで受け身が取れず、そのまま歩いている天城に思い切り衝突した。
天城の二の腕に額からダイブし、痛みで目が潤む。
「もう!本当恥ずかしがり屋さんなんですから、白石さんは。せっかく婚約者さまが来たのだから挨拶しないと!」
後ろで楽しそうに藤堂が何か言っている。
(こいつ。藤堂茜、覚えてろよ・・・)
「離せ。触るな」
顔を上げると、うじ虫でも見るような目つきで私を見下している天城がいた。地を這うような低い声に憎しみが込められている。今朝の母親の目つきと同じ目をしていた。
(どいつもこいつも)
無意識に掴んでいた天城の制服を離し、笑顔で言った。
「ごめんあそばせ」
それから藤堂の方に向いた。
「いきなり押すなんて、貴女どうかして?」
「なんのことかしら?」
藤堂の知らん顔に、こめかみの血管が切れそうだ。
「天城さま、いつもと雰囲気が違いますわね。最近うまくいっていませんの?」
心配そうな表情を繕う藤堂の言葉尻には、皮肉がたっぷりと含まれていた。