悲劇のフランス人形は屈しない

部屋が二つあるところの仕切りを取り払って一つの会場にしたのか、家の中に本当にパーティー会場が出来ていた。思っていたより、招待した人も多く、部屋の中は満杯に近い。
真ん中の長テーブルには、ウェディングケーキのようなそびえ立つケーキが目立っており、その周りには、見た目華やかなブリケットや、手の平サイズのゼリーや苺のシュークリーム、パステルカラーのマカロンやフルーツ盛り合わせが並んでいた。
私は既にプレゼントの山が出来ているところに、持っていた紙袋を置いた。
「結構いるね」
伊坂が私にこっそりと耳打ちした。こういった大勢のパーティーは落ち着かないのだろう。
「時期を見てさっさと抜け出しましょ」
パーティーが苦手な私も小声で返す。
伊坂は「うん」と頷いたあと、私の腕を取って真面目な顔で言った。
「あの、さっきは本当にありがとう。本当に何から何まで助けられてばかりで・・・」
「いいえ。お役に立って良かった」
そう言った瞬間、頭がぴりっと痛んだ。
(また、「記憶」か・・・)
〈藤堂さま。そのバッグ、もしかして・・・!〉
〈限定品のでは?〉
〈ええ。私、お父様に言っても買って貰えなかったの!〉
藤堂の興奮した声が聞こえる。
〈誰からのプレゼントですの?〉
〈決まってるじゃない。白石さんよ〉
〈そうね!彼女しかいないわね!あの子は何でも買ってくれるわ〉
〈私たちの第二のお財布よね〉
〈こら、失礼よ~〉
〈藤堂さまもよく、あの子はただのお財布って言ってますわよ〉
〈え、そうかしら?〉
藤堂含めた、数人の女子が声高らかに笑っている。
〈このネックレスも、実は白石さんにおねだりして買って頂きましたの。お友達って言えば何でも買って下さるわ〉
〈私は、このブレスレットよ〉
〈お誕生日でもないのに、よく貢いでくれますよね〉
〈あの子は、お金しか取り柄がないのよ〉
〈お財布でいること以外に価値はないわ〉
私は未だチリチリと痛む、額を押さえた。
(そうだ、このシーン。藤堂が陰口を叩いているところをたまたま目撃しちゃうんだ。そこで、もう藤堂は親友じゃないと気づいたるーちゃんはかなり傷ついて・・・)
「白石さん?」
心配そうに伊坂が顔をのぞき込んでいた。
「具合悪い?」
「いいえ。ちょっとお手洗いに」
「あ、うん」
何か食べてるねと、嬉しそうな顔をしている伊坂をその場に残し、私はお手洗いへと向かった。
(藤堂の裏切りを見る為に、誕生日会が避けられなかったのか?)
広い洗面台に立ち、一人ふうとため息を吐く。
(でも、あのシーン。漫画では伊坂さんはいなかった気がする)
そもそもパーティーでの内容をそこまで詳しく覚えていない。
私は頭を抱えた。
「思い出せ、私・・・」
その時、水が流れる音がして、誰かが出てきた。
私の近くを通りすぎた時にふわっと香る、ラベンダーの匂い。モデルのようにすらりとした背丈は、鏡に映った姿から見るに頭二個分違った。長い手足が強調される袖のない深い紺色のドレスを着ている。腰まで伸びたまっすぐな黒髪は艶やかで、伏せたまつげは長かった。
どこを取っても非の打ち所がない外見の彼女を、私は知っていた。
「・・・何か?」
私の視線に気づいたのか、女性が顔を上げた。切れ長の瞳に高い鼻。どこか異国情緒を思わせる端正な顔つき。そして高校生とは思えない落ち着いた態度。
「西園寺響(さいおんじきょうこ)さん」
私は口を開いた。
「初めまして、ですわね。お会いできて光栄ですわ」
洗面台に几帳面に並べられたタオルで、手を拭いている彼女は驚いたように顔を上げた。
「白石透です。以後、お見知りおきを」
「白石、透…?」
まるでこの名前を口の中で味わうように、西園寺は言った。
「ああ、婚約者の・・・」
そして、口角を少しあげて私の手を取った。
「ええ。よろしくどうぞ、白石さん」
「それでは失礼します」
丁寧にお辞儀をし、私はその場を離れた。