白石家よりは財力的に劣るとは言え、豪邸に住んでいる藤堂家は、外観からして美しさにこだわっているのが見て取れた。門をくぐるとすぐに噴水があり、その向こうにアテネ神殿のような玄関ポーチが見えた。普段は誰もいないようだが、今日は黒服の男性が一人立っており、玄関ドアの前で誰かと揉めていた。
「お迎えの時間になりましたら、お呼び下さい」
平松は、私にプレゼントを持たせるとお辞儀をして帰って行った。
砂利道を慣れないヒールで歩いていると、扉の前にいるのが、目の覚めるような青いドレスを着た伊坂だと分かった。普段と異なり髪型も可愛くアレンジしている。
「だから、私も誘われたんです!」
「招待状がなければ、お通しすることは出来ません」
頑なに豪奢な扉を守っている黒服の男は、伊坂を突っぱねている。ちらりと横を見ると、窓越しに藤堂が数人の女子と笑っているのが見えた。
(悪趣味・・・)
「ごきげんよう」
私が声をかけると、黒服の男はいきなりピシッと立った。
「これは。白石のお嬢様!」
「白石さん!良かった~」
伊坂は安心したのか、涙声になっている。
「何事?」
「こちらのお嬢様が、招待状もないのに呼ばれたと申しますので・・・」
「あら、そう?」
そして私は身につけていた小さいバッグの中を探すふりをする。
「あら、どうしましょう。私も招待状を忘れてしまったみたいだわ」
わざとらしく、ふうとため息を吐いた。
「でも入れないのであれば、残念ね。伊坂さん、帰りましょう」
そう言って踵を返そうとすると、男は慌てたように言った。
「白石のお嬢様は絶対にお迎えしろ、と奥様から言われていますので!」
「でも、招待状がありませんわ」
「問題ありません!」
「そう。なら、こちらのお嬢様も入れますわよね。私が入れて、彼女が入れないなんて、そんな不公平なことあり得ないですもの」
男は当惑しきった顔で、私と伊坂を見比べている。
恐らく藤堂に招待客以外は通すなと言われているが、藤堂の母親からは白石のお嬢様は逃がすなと言われている。
(娘か、母か)
男の葛藤が顔に現れている。
「では、そちらのお嬢様も一緒にお入り下さい」
藤堂の母が勝った。
「ありがとうございます」
伊坂が小さな声で言った。
「一緒に来れば良かったわね。ごめんなさい」
私も小声で返す。
男が金色の取っ手に手をかけ、両開きの扉を開けた。
「わあ・・・」
私の代わりに、隣にいる伊坂が感嘆の声を漏らした。
中に入るとすぐに目に入るのは、白で統一された壁に大理石の床。そして二階へと続くカーブを描いた階段が二つ。誕生日仕様にしているせいか、ピンクや白の風船や、チカチカと輝く電球が飾られている。
(凝ってるな・・・)
隣の部屋からカツカツとヒールのがして、藤堂が来ると分かった。私はすぐさま伊坂に、持っていた紙袋を一つ渡した。
「え、これは?」
説明する前に藤堂が「いらっしゃい」と満面の笑みでやってきた。
「白石さん、来てくれて嬉しいわ」
真っ赤なドレスに身を包んだ藤堂は、いつもと雰囲気が違った。嫌いな相手だが、今日の主役は美しいと認めざるを得ない。私は軽くお辞儀をしながら口を開いた。
「素敵なドレスね」
「まあ、ありがとう!白石さんの、ドレスも・・・」
そう言って藤堂は言葉に詰まった。自分が思っていた以上に高級そうなドレスだったからか、顔を取り繕うのも忘れ、ドレスを食い入るように見つめている。
「こ、これは、どこで・・・」
藤堂の声が震えているのが分かった。
「あら、白石のお嬢様!」
唖然としている藤堂の後ろから、藤堂の母親が現れた。
体のラインが出るタイトな白いワンピースを着ている。髪も後ろで綺麗にまとめられ、清潔感のあるすっきりとした印象を受けた。娘の誕生日だから、自分も着飾ったのだろう。化粧もしっかり施されている。
「来て下さったのね。お忙しいのに」
「ええ。お招き頂きありがとうございます」
藤堂の母親も私の前で立ち止まると、私の着ているドレスと下から上へと眺めた。
「す、素晴らしいドレスね」
悔しそうな色が瞳の奥で揺れた。
(…ああ、これか)
母親が関心のない娘の為に、超高級品のドレスを仕立てさせた理由が分かった。
(マウントを取りたかったのね。嫌いな娘を通してでも)
たかが誕生日会に欠席すると聞いただけで、わざわざドバイから電話してきた理由も頷ける。こんな高価なドレスに投資したのだから、見せびらかさないと意味がない。
「あの・・・私もお招き頂きありがとうございます!」
伊坂が意を決した様子で、お辞儀をした。
我に返ったように藤堂が伊坂を見た。上から下へと視線を這わせる。もっと貧相なドレスを着てくるかと期待していたようだが、思ったより高級なドレスを着ているが為に何も言えなくなっている。
「プレゼントは?ありませんの?」
藤堂が笑みを作っていった。ドレスとは別のところから仕掛けるつもりのようだ。
「え?」
「不要とは言いましたが、まさか冗談を真に受けた訳ではありませんよね?」
「あの、私、プレゼントは・・・」
顔を真っ赤にしたまま、小さくなっている伊坂の腕を突っつく。伊坂がこっちを見たので、視線で先ほど渡した紙袋だと合図をする。戸惑った様子だったが、紙袋を藤堂の目の前に差し出した。
「こちら、です」
「は・・・?」
藤堂が戸惑いの色を隠せずにいると、先に母親が反応した。
「まあ!これは、一日5食限定の伝説のチーズケーキじゃないの!」
「え?あ・・・」
「早朝に行っても売り切れるっていうのに!ありがとう、娘の為に!ずっと食べたかったのよ、私も!」
母親は伊坂にハグした。
「あとで、皆で食べられるよう冷蔵庫に入れておきますわね」
そう言うと陽気にその場を離れた。
(本当に感謝すべきは、平松だな)
「藤堂さん。そろそろ、私たちを案内して下さらない?」
私がため息交じりに言うと藤堂は、不機嫌そうに「こっちよ」と先導した。
「お迎えの時間になりましたら、お呼び下さい」
平松は、私にプレゼントを持たせるとお辞儀をして帰って行った。
砂利道を慣れないヒールで歩いていると、扉の前にいるのが、目の覚めるような青いドレスを着た伊坂だと分かった。普段と異なり髪型も可愛くアレンジしている。
「だから、私も誘われたんです!」
「招待状がなければ、お通しすることは出来ません」
頑なに豪奢な扉を守っている黒服の男は、伊坂を突っぱねている。ちらりと横を見ると、窓越しに藤堂が数人の女子と笑っているのが見えた。
(悪趣味・・・)
「ごきげんよう」
私が声をかけると、黒服の男はいきなりピシッと立った。
「これは。白石のお嬢様!」
「白石さん!良かった~」
伊坂は安心したのか、涙声になっている。
「何事?」
「こちらのお嬢様が、招待状もないのに呼ばれたと申しますので・・・」
「あら、そう?」
そして私は身につけていた小さいバッグの中を探すふりをする。
「あら、どうしましょう。私も招待状を忘れてしまったみたいだわ」
わざとらしく、ふうとため息を吐いた。
「でも入れないのであれば、残念ね。伊坂さん、帰りましょう」
そう言って踵を返そうとすると、男は慌てたように言った。
「白石のお嬢様は絶対にお迎えしろ、と奥様から言われていますので!」
「でも、招待状がありませんわ」
「問題ありません!」
「そう。なら、こちらのお嬢様も入れますわよね。私が入れて、彼女が入れないなんて、そんな不公平なことあり得ないですもの」
男は当惑しきった顔で、私と伊坂を見比べている。
恐らく藤堂に招待客以外は通すなと言われているが、藤堂の母親からは白石のお嬢様は逃がすなと言われている。
(娘か、母か)
男の葛藤が顔に現れている。
「では、そちらのお嬢様も一緒にお入り下さい」
藤堂の母が勝った。
「ありがとうございます」
伊坂が小さな声で言った。
「一緒に来れば良かったわね。ごめんなさい」
私も小声で返す。
男が金色の取っ手に手をかけ、両開きの扉を開けた。
「わあ・・・」
私の代わりに、隣にいる伊坂が感嘆の声を漏らした。
中に入るとすぐに目に入るのは、白で統一された壁に大理石の床。そして二階へと続くカーブを描いた階段が二つ。誕生日仕様にしているせいか、ピンクや白の風船や、チカチカと輝く電球が飾られている。
(凝ってるな・・・)
隣の部屋からカツカツとヒールのがして、藤堂が来ると分かった。私はすぐさま伊坂に、持っていた紙袋を一つ渡した。
「え、これは?」
説明する前に藤堂が「いらっしゃい」と満面の笑みでやってきた。
「白石さん、来てくれて嬉しいわ」
真っ赤なドレスに身を包んだ藤堂は、いつもと雰囲気が違った。嫌いな相手だが、今日の主役は美しいと認めざるを得ない。私は軽くお辞儀をしながら口を開いた。
「素敵なドレスね」
「まあ、ありがとう!白石さんの、ドレスも・・・」
そう言って藤堂は言葉に詰まった。自分が思っていた以上に高級そうなドレスだったからか、顔を取り繕うのも忘れ、ドレスを食い入るように見つめている。
「こ、これは、どこで・・・」
藤堂の声が震えているのが分かった。
「あら、白石のお嬢様!」
唖然としている藤堂の後ろから、藤堂の母親が現れた。
体のラインが出るタイトな白いワンピースを着ている。髪も後ろで綺麗にまとめられ、清潔感のあるすっきりとした印象を受けた。娘の誕生日だから、自分も着飾ったのだろう。化粧もしっかり施されている。
「来て下さったのね。お忙しいのに」
「ええ。お招き頂きありがとうございます」
藤堂の母親も私の前で立ち止まると、私の着ているドレスと下から上へと眺めた。
「す、素晴らしいドレスね」
悔しそうな色が瞳の奥で揺れた。
(…ああ、これか)
母親が関心のない娘の為に、超高級品のドレスを仕立てさせた理由が分かった。
(マウントを取りたかったのね。嫌いな娘を通してでも)
たかが誕生日会に欠席すると聞いただけで、わざわざドバイから電話してきた理由も頷ける。こんな高価なドレスに投資したのだから、見せびらかさないと意味がない。
「あの・・・私もお招き頂きありがとうございます!」
伊坂が意を決した様子で、お辞儀をした。
我に返ったように藤堂が伊坂を見た。上から下へと視線を這わせる。もっと貧相なドレスを着てくるかと期待していたようだが、思ったより高級なドレスを着ているが為に何も言えなくなっている。
「プレゼントは?ありませんの?」
藤堂が笑みを作っていった。ドレスとは別のところから仕掛けるつもりのようだ。
「え?」
「不要とは言いましたが、まさか冗談を真に受けた訳ではありませんよね?」
「あの、私、プレゼントは・・・」
顔を真っ赤にしたまま、小さくなっている伊坂の腕を突っつく。伊坂がこっちを見たので、視線で先ほど渡した紙袋だと合図をする。戸惑った様子だったが、紙袋を藤堂の目の前に差し出した。
「こちら、です」
「は・・・?」
藤堂が戸惑いの色を隠せずにいると、先に母親が反応した。
「まあ!これは、一日5食限定の伝説のチーズケーキじゃないの!」
「え?あ・・・」
「早朝に行っても売り切れるっていうのに!ありがとう、娘の為に!ずっと食べたかったのよ、私も!」
母親は伊坂にハグした。
「あとで、皆で食べられるよう冷蔵庫に入れておきますわね」
そう言うと陽気にその場を離れた。
(本当に感謝すべきは、平松だな)
「藤堂さん。そろそろ、私たちを案内して下さらない?」
私がため息交じりに言うと藤堂は、不機嫌そうに「こっちよ」と先導した。


