職員室に鍵を返して下駄箱へ戻ると、そこには美澄がしゃがんでいた。ほんとうに、待っていたらしい。



「……お待たせ」

「お、意外と早かったじゃん」

「え?」

「もっと浸ってくるのかと思った」



見下ろしているのが、変な気分だ。そう思っていたら美澄がゆっくりと立ち上がる。そうすればすぐに逆転。私が美澄を見上げるかたちになった。こっちのほうが、だいぶ居心地がいい。



「べつに……。美澄待たせてたし」

「いいのに。待たせて」

「なにそれ」

「だってお前、いつも俺らのこと待ってただろ」

「え……」

「練習終わりの水分補給。俺らが飲み終わるまでスクイズ洗えないのに、ちんたら喋りながら飲んでる俺たちのこと、山田、ずっと待っててくれたじゃん」



そんなこと、いま言うのはずるいと思う。たしかにそんなこともあったけれど。だけどきみたちは、たくさんのものを見せてくれたから。そんなこと、全然大したことなかった。


声が震えそうになるのをぐっと堪えて、「違うよ」と呟けば、予想以上に小さな声しか出なかった。

それに美澄が気がついたのかはわからないけど。「え?」と、いつもより数段柔らかい声で聞き返される。



「……なんでもない」

「ふーん、そう」

「で、付き合うって何に、」

「わかってんだろ。行くぞ」

「え、」



そう言ってにかっと笑った美澄が歩き始めたので、急いでローファーに履き替えた。待っててくれるんじゃなかったの、と、美澄の背中を追いかける。


だけど美澄が言ったとおり、どこに向かっているのかは聞かなくてもわかる。






学校のグラウンドの、隣。全面人工芝のコート。



ここは、私たちの汗も涙も、熱も怒りも悔しさも、ぜんぶを知っている場所だ。