「……あ」



夏休み。下駄箱でローファーから中履きに履き替えて、部室へ向かう階段の途中。ちょうどおりてきた人物に気がついて、足を止めた。



「あ、山田。お前も来てたの」

「うん……私物置きっぱなしだったなって。美澄は?」

「まー俺も。そんな感じ」

「じゃあ、もう帰るとこ?」

「そうなんだけど。あ、そうだ。ちょっと付き合ってくれない?」

「え、」

「下で待ってるから」



美澄は私が否定しないことをわかっているかのように、返事も聞かずに階段をおりていく。そして引き止める間もなく、姿が見えなくなった。


「勝手だ」と呟いたところで美澄には届かず、空気に触れて消えていく。


それにしても。たかが数週間ぶりなのに、すごく、長い間会っていなかったような気持ちになった。だって美澄、髪が伸びた気がする。前髪が目にかかっていた。数週間前までは、そんなことありえなかったのに。



「……」



勝手に待たれているのだけど、待たせるのは好きではないので。仕方なく、急ぐことにした。



途中にある職員室で鍵を借りる。「今さっき2組の美澄くんが鍵返しに来たよ」という言葉と共に、手のひらの上に乗せられたシルバーの塊。「へえ、そうなんですか」と、これ以上会話が膨らまないよう適当に返事をして早急に立ち去る。


職員室のずっと先。〝ソフトテニス部(女)〟と書かれた扉の前。鍵を開けて、中に入る。


久しぶりの、匂い。

女子の部室だからって、特別いい匂いがするわけではない。むしろ、汗臭い。それを消すための、消臭スプレーの匂い。練習後に浴びる、制汗スプレーの匂い。いろんな匂いが混ざり合っている。


だけど、匂いだけじゃない。ここには、あまりにも多くのものが詰まりすぎている。



使っていたロッカーの前に立てば、まだ自分の名前の磁石が貼りついていて。それをなんとなく指で撫でてから、そっと外した。



この瞬間、ほんとうに、全部が終わってしまったような気になった。