「先輩」

「……」

「こっち見て」

 
 『先週会ったときだってキスしてくれたもん』
 
 私は奥歯にグッと力を入れた。
 
「ごめんなさい。依澄くんとは、付き合えません」

 心と裏腹なことを言うと、寒くもないのに体がガタガタ震えた。

 そして、小さなため息のあとに依澄くんの淡々とした声が聞こえた。


「……そうですか。わかりました。今までありがとうございました」


 数秒の沈黙のあと、足音がする。

 依澄くんが去っていく。

 その足音はどんどん遠くなって、なくなって。

 私は恐る恐る後ろを振り返った。

 そこには、当たり前に誰もいなかった。


「っ……、」


 一気に喪失感が押し寄せて、堪えていた涙がボロボロと溢れ出す。

 息が苦しくなるぐらいに泣きながら、あぁ、私こんなに依澄くんが好きだったんだって実感して、またさらに悲しみが溢れ出した。

 そうやって私たちのお試し期間は、終わりを告げたのだった。