年間M惑星移住センターに勤めていた彼女を正式に雇い入れていたのだった。当初の給料の支払いはストップしているものの月子の開拓基金への協力金という形で扶養している。
「それは博士の心配のしすぎです」助手のアクセサリは断言した。
「なぜじゃ?」
M博士は彼女の言っていることが分からない。
「S子さんは3号と一心同体だからですよ」
S子は不意をつかれたように固まった。しばらくして頬に一筋の涙が伝った。「言われてみれば……そうね……」
彼女は涙を拭ってM博士に尋ねた。「博士、私に何か用でしょうか?」
「実は君に……この手紙を渡したいと思って」
M博士は照れ隠しに鼻をかいた。
「博士! お読みになって宜しいでしょうか?」
S子は手紙を読むなり取り乱した。顔は真っ赤になり涙で顔をくしゃくしゃにした。助手のアクセサリは微笑んだ。M博士は何が起きているのか理解できなかったが、彼女の喜びようにつられて涙ぐんだ。
地球産の農作物が白夜惑星から輸入され始めた頃、地球とS子もより緊密になった。S子は宇宙船から白夜惑星の農作物を定期的に輸入するようになった。
そして地球は大収穫期の春を迎えようとしていた。
M博士と助手のアクセサリがテレビを観ながらくつろいでいると速報が流れた。
「なんですと、宇宙探査艦・うちゅじん号が月面に着陸した?」
M博士は食後のコーヒーを吹きだした。
「あれは100年前話題になった謎の戦艦では」
助手のアクセサリが言った。「そ、そうじゃ。本物かどうか確かめに行かんと」
M博士は興奮した。S子の言っていた宇宙人の存在に思い至ったのだ。
S子から貰った手紙にはこんなメッセージが書かれていた。
『親愛なるM博士へ 私が月から持ち帰った種を発芽して育ててください』と。そして白夜世界産の作物の種を同封されていたのだ。この謎めいた要望に応えるために地球中の農園や植物試験場から種子を集めて培養する毎日だ。
そして先日、待望の宇宙船うちゅじん号が地球へ帰ってきたと報道されたのだ。
M博士はその話題の船に搭乗し宇宙開発公社の視察に行くことにした。助手のアクセサリは断ったがどうしてもついてくると言うので仕方なく同行させた。
「しかしどうやって月に渡ったのでしょうか?」助手のアクセサリは不思議そうだった。「数十年前から宇宙移民計画は始まっていましたが誰も月に到達したという話を聞いたことがない」
「あのう……」
M博士と助手のアクセサリは突然話しかけられて驚いた。
「なんじゃ?」M博士は飛び上がった。
「そのう……。私にお手伝いさせていただけませんか」彼女はおずおずと申し出た。
「誰だね? 君は」M博士は見覚えがないという顔で尋ねた。
「地球から来た者です」S子は顔を伏せた。
S子以外の地球人には彼女が見えないのだ。
「どこかで会ったことがあったかな?」助手のアクセサリも不思議がった。
「あ、いえ……以前船にお乗りになったことがあって……」
S子は困った表情で微笑んだ。M博士と助手のアクセサリは顔を見合わせた。
宇宙船に乗り込むと彼女は真っ先に機器類をチェックした。
「なにか分かるかね?」M博士は尋ねた。
「これは100年以上前に開発された旧型宇宙輸送船です」S子が答えた。
「どんな技術か覚えておるかね?」
「はい、磁気嵐が比較的少ない大気圏再突入ができる方法です」
S子はその原理を説明した。それは宇宙船から音波を放ち、大気圏で反射する音波が計測機器に捉えられたものだった。
「すごいではないか!」M博士は感心した。「うちゅじん号は今どこにいるのかね?」
「それが……どこにも見当たりません」S子は肩を落とした。
その時、警報音が鳴り響いた。窓から外を見ると天空には光の壁が出現していた。宇宙空間との境界面だ。
「馬鹿な! まだ月軌道に到達もしていないのに!」
光の壁は大気圏内・外を問わずあらゆる飛行物体を遮断する現象だ。しかし地球から宇宙船が出発しドッキングするまで2週間を要するはずである。一体どうやったのか? M博士と助手のアクセサリは窓を覗きながら茫然とした。
S子は躊躇いながらも計測機器のスイッチを入れた。
すると人工知能の声が船内に響いた。『ようこそ、うちゅじん号へ。地球から遠路はるばるご苦労様です』
「人工知能か?」と助手のアクセサリが驚いた。「どこにいる?」
『私は船内に居ます』
船内を見回したが、それらしき人影は見当たらない。
M博士と助手のアクセサリが不思議がっていると、S子が耳打ちした。「天井の隅にあるスピーカーです」
S子は手をかざして場所を示した。スピーカーから再び声が響いた。『私は船内に居ます』
「お、おぬしは何者じゃ?」とM博士が尋ねた。
『私はうちゅじん号で御座います』
スピーカーは自己紹介した。そして地球からやってきた理由を告げた。
現在、うちゅじん号は月面に着陸して周囲を取り囲む光の壁を突破しようとしていた。光の壁から発生する電波ノイズが障害となっているため一度停止し電磁波の波長を調節したのだという。それから再突入に必要な時間が経過したため発進したという。
M
「なんと! 1ヶ月も経たないうちに月面に来たというのか?」助手の アクセサリが声を上げた。「信じられん、この光の壁は便利じゃが電波を乱反射させて使いものにならないはずじゃ」
『はい、その通りです。我々は光の壁の特性を調べ電波障害を回避する方法を模索しました。その結果光の壁に穴を開けることで光圧が作用しなくなることを突き止めました』S子の補足説明を聞いてS子は目を丸くした。それはM博士も助手のも全く知り得ない情報だった。
「しかし……電波障害のないところでは光の圧力に押しつぶされて死んでしまうのではないかな?」M博士が質問するとスピーカーからは自信に満ちた回答があった。『いいえ、我々はすでに月面での生活に慣れています』
S子はこの宇宙船団の驚くべき技術力に感嘆するほかはなかった。
その後、船内は歓呼の声に満たされた。
彼らは地球では体験できない無重力空間を体験したり、地球では見ることのできない美しい星空を眺めたり、白夜世界を飛び回ったり様々なことをした。
宇宙船はうちゅじん号を脱出した時と同じルートを辿り無事に月面を離れた。
M博士は次に調査したいことのリストを作成していた。助手のアクセサリはそのリストを見て驚いた。「博士! これは先月移住センターに発注された品物ではありませんか!」
「おお、そうじゃったかのう」M博士は頭をかいた。
「どうなさるのですか?」と助手のアクセサリは尋ねた。
「この宇宙移民船のうちゅじん号は見た目こそ古ぼけた輸送船じゃが実際は数十年前の最新技術が搭載されておる」
「なるほど……その技術を手に入れるというわけですな」
M博士と助手のアクセサリは秘密裏に地球に戻り宇宙船うちゅじん号を起動させることにした。
A子はBから相談を受けた。
Bは婚約し、先日式を挙げたばかりだという。Bは嫁いだばかりで幸せな生活を送っていた。
BがA子に相談を持ちかけるのは珍しい。普段は明るく前向きな彼だが、どうやら悩みを抱えている様子である。
「実はね……彼女は宇宙へ旅立ってしまったのだよ」とBは浮かない顔で言った。
Bの元婚約者・