「それはお前の都合じゃ! 払えないなら儂にも考えがある!!」
M博士は満月のような禿頭(とくとう)を朝日に変えた。クライアントのガチャ切りが彼をさらにたぎらせた。開拓団の引率を請け負い期日通り到着させた。本来の研究テーマと乖離するが研究予算が削りに削られやむなく始めた副業である。背に腹は代えられぬとはいえ忸怩たる思いで旅行代理店から最初の仕事を請け負った。惑星マイナシはこれといった特徴のない惑星で豊かな自然も銀河に掃いて捨てるほどある。そこでM博士は平凡な環境を逆手に取った。何もないならゼロをマイナスにすればいい。どこも1を足そうと躍起になっている。その無理やりが個性を失わせている、と博士は結論付けた。
そこで地球から鵜と藻を持ち込み客にふるまうことにした。鵜飼いを観ながら藻のスープを啜るなど面白味もなにもないのだが集まったモニター達はこの体験を喜んだ。
スープは塩コショウで味付けしただけのそっけない物であったが「名物煮・鵜MY藻のナシ」として飛ぶように売れた。
M博士は「惑星鵜マイ藻のナシ」の改名を国際天文機構に提案し受理された。
その実績を買われて開発コンサルタントを副業にしている。
だが今回ばかりは彼の手腕を超えている。
プラネット・ムウンは褐色矮星に潮汐ロックされた地球型惑星である。公転周期24時間の月が1つ。衛星も恒星の影響を受けるため常に同じ面をむけている。従って満月が観られる。調査ドローンとAIの報告によれば地球の月と互角に戦えるほど美しいという。観光会社は満を持してゴーサインを出した。
だが……。
「コンパートメントを取り違えるとはどういう事じゃ!」
「どうにもこうにも通関に手違いがあったらしく」
空港と激論したあげく引き返す義務はM博士の側にあると結論した。
旅行会社に現状を訴えると「私共は博士なら出来る!…と。契約の不履行に報酬は払えませんな」とにべもない。「月見の習慣がない民族にどう開拓させろというのじゃ」
博士は頭を抱えた。
まずは常套手段である。地球から月見の素晴らしさを訴えるコンテンツを山ほどダウンロードし乗員にオリエンテーションを催した。さらに転送機で月見うどんやバーガーを取り寄せた食事会は反応がイマイチ。
乗員は白夜世界の出身で衛星を愛でる文化がない。習慣に変化を起こそうとしても無理がある。
「梃子でも動かぬ昼型人間をどうするか」
M博士は次善の策を考えた。乗員にシフト制を導入し少しずつ体内時計をずらしてみた。
ルーティーンを導入するためには阻害要因の解消が有効である。しかし乗員は月がなくても困らないという。作戦は失敗した。
そうこうするうちに成果報告の日が近づいてきた。
「おや、S子君。そのペンダントはどうしたのかね?」
助手のアクセサリが目に留まった。
「彼氏が地球から転送してくれたんです」
「どうしてじゃ?」
問い詰めると月子は顔をあからめた。「女性に歳を聞くなんて」
「そういうことか、すまんの」と口ごもった。その瞬間、電球が灯った。
「これじゃ。イベントに月見を関連付けるのじゃ」
M博士は月子をモデルケースにして白夜世界の人々にプレゼントの習慣を教えた。
「はぁ? 誕生日? 俺らの世界はずっと恒星が輝いてますぜ。特別な日って何です」
若者にスルーされ見事玉砕した。
白夜世界には闇がないためすべてを白紙にして再スタートを切る概念がイメージできないのだ。日々という自然があれば今日の失敗を翌日に取り戻そうとか過ぎ去った昨日を忘れることが出来る。
そして節目を作ることでサイクルが完成しルーティーンワークの同期に誤差が発生することで個人差があらわれ競争原理につながる。しかし白夜世界の乗員にはない。
それどころか早く帰りたいというクレームが来た。
「帰りの燃料だけでも負担してもらおう」
M博士は旅行会社に苦情を申し立てた。返事は来ず代わりにミサイルが飛んできた。「ええい、忌ま忌ましい!」
M博士は苦虫を噛み潰した。
「博士」助手のアクセサリが話しかけた。「月見バーガーはいかがですか?」
「おお、そうじゃな」
気分転換に食事会を催した。月子を中心に地球産食材と料理のプレゼンテーションが行われた。白夜世界の人々は珍しい地球の味に舌鼓を打った。特に月見バーガーは好評でおかわりを希望する者まで現れた。
「意外といけるな」「懐かしい味がする」
しかし彼らの月見バーガーの語源をS子から聞くと「ふざけるな」と一喝した。
M博士は落胆して旅行会社へ向かった。
「博士、白夜世界への開拓は断念しましょう」助手のアクセサリが口を挟んだ。
「何故じゃ?」
M博士は突然の宣告に驚いた。
「衛星からの照り返しが強いため日照時間が長いという常識にとらわれていました。
しかし白夜世界の人々は昼間に出歩きます。それは彼らの特性だからです」
「どういうことだね?」
M博士の顔つきが変わった。
「地球では夜の余暇を愉しむという概念が希薄なため発見されなかったのです」助手は解説した。
つまり白夜世界の住人は太陽光をダイレクトに浴びながら活動しエネルギーを補給しているのである。そして満腹になれば寝てしまうというなんとも健康的な生活スタイルだった。白夜世界の人々は太古の昔から地球の昼型人間の生活をしている。
M博士は旅行会社に事の次第を説明した。
「我々はまんまと白夜世界の罠に嵌っていたんじゃ」
月見バーガーもおでんや鍋焼きうどんも白夜世界では不要な存在なのだ。彼らの食生活は太陽あってこそ成り立つのだ。太陽光こそが最大のご馳走だった。
助手のアクセサリが提案した。
「博士、今後は白夜惑星の太陽で無尽蔵に作られる農作物を地球に輸入する仕組みを確立しましょう」
「なんじゃと?」
M博士は耳を疑った。白夜惑星の住民は年がら年中白夜である。その恒星エネルギーを地球人に分け与えることが出来る。作物は冬でも育ち家畜も夏だけ飼育すればよい。資源循環型の自給自足が可能になるのだ。
白夜世界からの食料輸出があれば地球の食糧事情は大幅に改善される。
そして何よりも地球の美味しいものを大量に売れた。
「しかし……白夜世界の人間に地球産農作物を納得させることができるだろうか」
M博士は躊躇した。
「大丈夫です。彼らも未知なる味に餓えているはずです」助手のアクセサリは断言した。
「おお、そうか!」
M博士は一転するとM惑星農業開発公社の設立に尽力し一年後には従業員150人を雇用する巨大企業へと急成長させた。2号は農家専用機という触れ込みで人気を博し各農家から引っ張りだことなった。
3号は多目的ロボットとして重宝がられた。開発や農作業の補助に役立っている。
「これぞ人間の仕事じゃ」
M博士は得意顔で話した。
そして最後にS子を呼び寄せた。「3号のことをどう思うかね?」
S子は不思議そうな表情を浮かべた。「え、何か言ったんですか?」
自分の声は届かないことを改めて自覚したM博士は助手のアクセサリに相談した。
「彼女の心に3号の存在を植え付けさせることは出来ないかね」
M博士は助手のアクセサリに尋ねた。「可能ですが、なぜです?」
「彼女は現在白夜世界の出身じゃが月子君の一件ですっかり白夜世界の人間になったみたいだから心配しとる」