「結婚……相手は姫香以外に考えられない」

「ならばそう伝えるべきでは?」

「伝えた」

「で、振られたんですか?」

「振られてなどいない! 振られてないよな?」

「ーー私に聞かれましても。今、お隣にいらっしゃらないのなら、それが答えなのでは? あなたは昔から詰めが甘い。これは秘書ではなく友人としての忠告ですが、女性の言葉を額面通り受け取ってはいけません。例えば女性が気にしていない、怒ってないと言っても内心は気にしているし怒ってます」

「姫香はイタリアへはすぐに行けないと言った。つまり?」

「そもそも行く気がない、とか?」

 秘書の導く結論に目眩がした。悪い方へ悪い方へと思考が引っ張られてしまう。新鮮な空気を求め、庭先へ出る。

 そういえばジャストタイミングで姫香の家の者がやってきたが、あれはどういうカラクリだろう。姫香の携帯電話はボストンバッグに入れられたままで、事前に迎えを手配する手段は無かった。浅田が嫌で別荘を飛び出す時に連絡していたとしたら、もっと早く到着している。

 姫香をお姫様扱いして、大事に大事に育む家人等が彼女のSOSを無視する訳がない。即座に車を出すはず。

 花の香りだろうか。甘さが鼻孔をくすぐり、薔薇を見やる。