御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

 いいね? 念を押す浅田さんは私を所有物として扱う。彼は妻という道具を便利に使いたいだけ。

「鬱陶しい、泣かないでくれる?」

 頬に自然と涙が伝う。浅田さんは後ろへ撫で付けた髪を掻き乱し、垂れた前髪の奥から鋭い眼差しを向けてきた。

「先に風呂に入ってくるよ。その間に支度をしておきなさい」

 これは泣き止めという命令でもあった。椅子を蹴り出ていく姿を呆然と見送り、その後で顔を覆う。
 室内にいるのに気持ちが迷子になって、帰りたい、あの日へ戻りたいと訴える。状況から逃げたらどうなるのか重々分かっていても今夜は見逃して欲しいって。これじゃあ子供と責められてもしょうがないか。

 私はそのまま身ひとつで玄関へ。財布や携帯を持ってこないのは言い訳工作で、本気で逃げる気が無かったと話そうと浅田さんが信じないと承知している。

 見上げれば月が明るい、綺麗な夜だった。こんな夜に心を殺す真似は出来ない、私の秘めた恋心を浮かび上がらせる。

 ねぇ、森の小屋に行こうよ。記憶の中に飛ぶ野鳥が囀った。