忘却の天使は溺愛に囚われて



「覚えてないのか?」
「……え」

「俺のこと本当に覚えてねえのか⁉︎」
「……っ」

 突然の大きな声にビクッと肩が跳ね、先程の恐怖心が甦る。
 すぐに男はハッとして「悪い」と謝ってくれたけれど、それでも怖いという感情は消えてくれない。

「……とりあえずここを出るか」
「わっ……ちょっ!」

 男はそう言って、突然私を抱きかかえ始めた。
 なんというスマートなお姫様抱っこ……ではなくて!

「降ろしてください!」
「まずは安全なところに連れて行く。話はそれからだ」

 そう言って男は私を車に乗せる。
 その車は黒塗りの高級車で、専用の運転手がいた。

 そのため男は私と一緒に広い後部座席へと乗り込んだ。
 そのまま車が走り出し、途端に私は帰りたくなる。

「あの、今からどこに……」
「言っただろ? 無法地帯(ここ)で一番安全な場所」

「そんなとこってあるわけ……あ」

 私は今日のユキとの会話を思い出した。
 それは無法地帯の話をしていた時の、雪の言葉。