2009年4月。
朝岡中学校3年生の時。
俺は桜の木の下で人を待っていた。
もちろん、告白だ。
この大きな桜の木の下は俺とあいつの待ち合わせ場所になっていて比較的俺は気に入っていた。
「あ、いた」
「菅原」
菅原美陽。俺の同級生だ。
同じクラスではないが仲はいい方である。
「櫻井どうしたの」
「…えっと。俺、菅原が好きだ。もし良かったら俺と付き合ってほしい」
恥ずかしさと言ってしまったことの後悔が押し寄せてくる。
これで振られたらメンタルがボロボロに崩れ落ちてしまう。
すると、菅原はこう言った。
「私も櫻井が好きだよ」
一瞬幻聴かと思った。
「マジ…!?」
「マジもマジで大マジ」
訳の分からないことを言う菅原。
俺は嬉しさでいっぱいだった。
「でも…、私ね、がんを持ってるんだ」
「がん?」
「そう、肺がん。私の場合だいぶ症状が進行してるらしくて。迷惑いっぱいかけるし、もしかしたら私は死ぬかもしれない」
俺は菅原の言ったことが上手く整理できない。
けど、俺の答えは決まっている。
「菅原ががんを持っていようと俺の菅原の気持ちは変わらない。迷惑だって菅原にはかけてほしいし、頼ってほしい」
「いいの…?」
「うん。あんまり言いたくなかっただろ。ありがとな、話しにくいことを話してくれて」
俺は珍しく笑顔になった。
すると、菅原は俺に抱きついてきた。
「ありがとう。大好き、仁」
俺の名前をしれっと自然に呼ぶ菅原。
「待って、フライングだと思う」
「じゃあスタートはいつなのよ?」
「俺も美陽のこと、大好きだから。…はい、スタート」
「ぐっ」
菅原…いや美陽は顔が真っ赤になっている。
それがどうしようもなく可愛くて俺も抱きしめ返す。
「ずるいなぁ」
「ずるいのはどっちだよ」
俺にとって至福の時間。
だがこの年の8月。
美陽はこの世を去った。
入水自殺をしたらしい。
俺は頭が回らなかった。
なんで美陽は自殺したのか。
俺は美陽の遺体の前で泣いていた。
こんなに涙を流すことなんて初めて顔もしれない。
「仁くん」
そう話しかけてきたのは美陽の母親だった。
「美陽がね、仁くんに向けて手紙を書いてたの。受け取ってくれるかな?」
美陽からの手紙…?
俺は恐る恐る開いて手紙を読み始めた。
『櫻井仁様
突然ごめんなさい。
仁がこれを読む時は私はもう死んでいるのでしょう。
私の状態は良くなく、薬の副作用が耐え切れないほど苦しい日々を送っています。
こんなことを耐えなければならないなら私は死んだほうが楽じゃないか。
そんなことばっかり考えています。
私はこれから海に飛び込むつもりです。
仁、4ヶ月だったけどありがとう。
仁が頼ってくれって言ったこと、これ以上ないほど嬉しかったよ!
だけど、私がいることによって仁は掴める幸せまでも逃してしまう。
だから2つの意味で私はこの道を選びました。
仁は私よりももっともっと可愛らしい女性を見つけて幸せになってください。
…本音かどうか問われると何もいえないけど。
仁が告白してくれてもう私は幸せでした。
本当に、本当にありがとう。
仁、大好きだよ。』
そう読み終わった時には俺の袖は濡れていた。
涙が全て染み込んだのでなんとなく重く感じる。
これから何をすればいいのか。
美陽に教えるためにやってた勉強も、美陽に褒めてもらいたいから頑張ってた部活も。
俺に努力をするもとがなくなった。
俺の最高の生き甲斐がいなくなった。
美陽…、いなくならないでよ。
俺を置いてさ、1人で苦しんでたんだよな。
俺がそれに寄り添えなかったんだ。
いや、寄り添ってはいたけど美陽に過度な期待をしていたのかもしれない。
美陽以外に好きになれる人なんかいないんだよ。
ずっとずっと美陽がいいんだよ。
来世でもその次も、美陽じゃないとダメなんだよ。
俺の幸せは美陽なんだから…!
美陽がいなくなって、もう俺には感情がなくなった。
元々無表情だったけど、それ以上に喜びという感情がない。
そして、俺は…
2019年、享年26歳で交通事故で死んだ。
最後に通った走馬灯は全て美陽だった。
2109年6月。
高校3年生の夏前。
俺は放課後の学校にいた。
俺は中学生の頃の交通事故で足が動かなくなってしまったので車椅子に乗っている。
リハビリをしているがどうも先が見えない。
俺の教室は3階にあり、車椅子のままみんなと同じような授業を受けるのは難しいと言うことでリモートでしている。
だが、今日は月に一度ある登校日だ。
学校が俺のために色々考えてくれたらしい。
「宮風くん」
「はい」
「最近調子はどう?」
そう聞いてくるのは校長だ。
今の校長は気さくで話も短く、生徒思いなため人気だ。
「足の方は…、まだ先が見えないです。授業の方は大丈夫です」
「色々頑張るのはいいけど、無理はしないようにね!だけど、宮風くんの努力には毎回驚かされるよ」
「ははっ、ありがとうございます」
校長はまだ業務があるらしく、去っていた。
次に担任に宿題を預けないといけないのに出てこない。
まだかと待っていると女子生徒が歩いてきた。
俺を見てびっくりしている。
まあ、初めて見るからな。
だが、俺も彼女を見てびっくりする。
「美陽…!?」
「仁…!」
彼女は容姿も声も何もかも違う。
だけど、俺の直感がそう働いた。
俺には前世の記憶がある。約100年ほど前のものだ。
美陽はこっちに少し緊張するように歩みよってきた。
「本当に…、仁、ですか」
美陽は怖くなると敬語になる。
変わってない。
「うん、そうだよ」
「覚えて…る?」
「菅原美陽、俺の彼女だ」
「仁…っ!」
俺は美陽を抱きしめた。
だけど、車椅子があって少し難しかった。
「美陽、会いたかった…っ」
目の前にいる彼女が触ることができるという実感。
「ごめんなさい。ごめんなさい…っ、私のせいで仁に迷惑かけちゃった…っ!」
必死にそう謝る美陽。
「本当だよ。勝手にあっちに行って…っ、俺がどんだけ悲しんだか分かってんのか?…もう。俺は美陽にどうしても一緒にいてほしい」
「私も仁と一緒がいい」
涙ぐんでそういう美陽。
俺も涙がでた。
すると、職員室のドアが開く。
「宮風、ってえっ!?黒崎!?」
担任が出てきたのだ。
タイミングの悪い。
「泣いてる…?どしたんだよ!?」
「先生は入ってこないでください。えーっと、名前を聞いてなかったな」
「お、おい黒崎、名前聞いてないやつと抱き合ってたのか!?」
担任が勘違いをしているが外部に話しても信じてもらえないだろう。
「今は宮風那月(みやかぜ なつき)。高3だよ」
「那月、か。私は黒崎雫(くろさき しずく)。私も高校3年生、また同学年だね!」
「雫、か」
「“また“同学年?どう言うこと?」
この担任、変なところで敏感らしい。
「先生、これ提出物です。これからもよろしくお願いします」
「お、おう」
「雫、行こ」
「うん!あ、車椅子押そっか?」
雫は気遣ってくれた。
「あ…お願いできる?」
そして中庭にやってきた。
「そこのベンチの横に運んでくれる?」
「了解!」
そして雫はベンチに座る。
「俺、中3の春に交通事故にあってさ。だいぶの重症で片足が動かないんだよ」
「そうなんだ」
雫は意外とあっさり流してくれた。
「ごめんな、手間かけて」
「全然!気にしないでいいし、迷惑とかでもなんでもないから!」
「ありがとう」
「ううん。…ねえ、私の手紙、読んだ?」
「うん。読ませてもらったよ」
すると、雫は俯いてしまう。
「先に行っておくけど、俺、今まで美陽以外に恋人作ってないから。今も昔もこれからもずっとお前一筋」
「そう、そっか」
少し元気になったようだった。
「仁がさ、4月に告白してくれたじゃん」
「うん」
「あの時ね、主治医に余命があと2ヶ月って言われてた。別に私はそんなこと気にしてないけどね!余命が決まってるからと言って2ヶ月で必ず死ぬってことでもないし。なんならのばしてやろうとも考えてた」
美陽らしい。
「だけど6月頃から急に調子が急悪化したじゃん。病院に寝たきりで。手当てしなくても苦しいし、手当てしても副作用がきつい。こんなことしてまで生きる必要ってあるのかなって思って」
「…」
俺は何も言えなかった。
こんなに美陽が追い詰めてたなんて。
「もちろん仁がいてくれてすごく幸せだったり、毎日お見舞いに来てくれたりしてくれた。けど…、辛いのは変わらなかった。看護師さんに手紙を送るって言って遺書を書いて、私はちょっと元気な時に無理やり病院を抜け出して海に飛び降りたんだ。その後は本当にしんどかったよ。苦しくて苦しくてしょうがなかった。その時仁の声が聞こえたけどもう手遅れだったんだ。でも、今では水は苦手かな」
雫がそう言うが、言う以上に苦しくてしんどかったんだろう。
俺はそっと雫を抱きしめる。
「ごめん、話を聞いてあげられなくて。俺にもできることはたくさんあったはずなのに」
「仁はやるべきことをちゃんとやってくれた。私の自業自得なんだら大丈夫。それに、またこうして仁と…いや、那月と会えたわけだし、私は万々歳!」
そう元気に言う雫。
「ありがとう、話してくれて」
「ふふ、やっぱり那月に感謝されるとくすぐったいよ」
「そう?」
俺と雫は中庭で2人、笑っていた。
その後、俺は学校に行く機会を増やした。
これも病院に無理を言ってだ。
俺は今病院にいる。
「はぁ!?美陽ちゃんに会えた!?」
俺の主治医の西尾来夢(にしお らいむ)…先生。
「うん」
俺の前世のことについては全て相談済みだ。
このことについて話した後、
「じゃあ那月は私より年上で実際おじいちゃんなんだね!」
と言われ、ちょっとショックになったことを覚えている。
「え…、でも美陽ちゃんは昔に亡くなってるよね?」
「うん。俺みたいに生まれ変わってる」
「ふーん…」
西尾がそう頷いたと思うと大声を出した。
「ちょっ、は!?ちょっと運命すぎん!?」
「そりゃあそう」
「なんかムカつくわぁ。まあ那月にとっては生まれてから今までの幸福なんでしょ」
「知ってらっしゃった」
西尾は大抵なんでも見通す。
なんでも、俺は無表情だけど分かりやすいのは分かりやすいらしい。
「まあ、直接言うのはどうかとは思うけど、親御さんがねぇ」
「別にズバッと言ってくれていいよ。あの人らのことなんかもう知らないし」
「いやぁ、ズバッとは言わないけど。まあ、良かったじゃん。おめでとう」
「ん」
「これからも無理はしないこと。異変を感じたらすぐに病院に来て」
「分かった」
俺は病院を去った。
俺の頭の中は次の登校日のことばかり考えていた。
数日後。
俺はとても珍しく、日中に登校した。
階段も、補助をつけてもらいながら上がり、何ヶ月ぶりかの登校だ。
「あ、雫」
「あれ、那月!?」
雫は俺の顔を見るなりびっくりしていた。
「同じクラスなんだ」
「うん、一緒だよ。…しかもなんと隣の席」
「…マジか」
俺にとっては嬉しい限りだ。
すると、俺の横にひょこっと影が現れた。
「おっ、宮風じゃん。…えっと…、11ヶ月ぶり!進級おめでとう!」
そう情報をばら撒いてくるのは佐々木…えーっと…
「下の名前なんだったっけ」
「凱亜(がいあ)だよ!まあ、覚えにくいのも分かるけどさ…」
「カイト?」
「お前は今何を聞いとったんじゃい!」
ペシっと頭を叩かれる。
身長は俺の方が高いが、車椅子だからちょうど叩きやすい位置にあったんだろう。
佐々木は明るく面白い。
1年に何回来るかも分からない俺によく話しかけてくれる。
「黒崎さんも宮風と知り合い?」
「あーうん、まあね」
少し照れくさそうに言う雫。
「あれ、宮風くんだ!」
そうこっちに来たのは何人かの女子。
名前は…覚えていない。
「久しぶりだね〜!元気にしてた?」
「あ…、うんまあ」
「それなら良かったよ〜」
俺の手をさりげなく触る女子。
別にベタベタ触っているわけではないが、あまりいい気はしない。
そしてそこでチャイムが鳴り、俺はその日久しぶりに普通の学校生活というものを送ることができた。
もちろん、雫の隣を満喫した。
放課後、俺が雫を誘おうと思うと雫は教室にはいなかった。
「なぁ、佐々木。黒崎知らね?」
「あー、なんか楽しそうに高山らと出て行ったよ?」
「高山って誰?」
「お前が今日朝話してたやつ。最近仲良くなったらしくてさ」
俺は佐々木に礼を言って少し学校を探す。
だけど、俺は不自由なため時間がかかった。
どれだけ探しても雫はいない。
トイレでもなさそうだけど…
俺は諦めて校門に行こうと思った時、覚えのある声が聞こえた。
高く笑う声。
これは高山の声だった。
なんというか、悪意のある声だったから思わず車椅子をプールの方に走らせた。
俺がプールに行くと、高山を含む3人がプールサイドに座っていた。
もちろん、普段はプールは立ち入り禁止だ。
「本当、こんな簡単に騙せると思ってなかったわ。やっぱ、黒崎さん最高」
雫の名前が上がり、俺は片足を引きずりながら一生懸命プールサイドに上がった。
何をしているのかと思いきや、思ってもない事態がそこにあった。
「雫!?」
雫がプールの底に沈められていたのだ。
高山らが足で押している。
「み、宮風くん!?」
「お前ら何してんだよ。早く美陽を出せ!」
俺はムキになってこう言っていた。
雫を前の名前で呼ぶほどに。
「みよって誰?」
「足を退けろ!」
上がってくる。
俺は不自由な足を必死に屈んで、プールサイドに手を伸ばした。
「仁…!」
俺は雫を引き上げた。
日頃から車椅子を操作しているため、腕の力は十分にある。
雫を引き寄せて抱きしめる。
「苦しかったな」
「息ができなくて、怖かった…」
その雫の怯えたような声が怖くて仕方がなかった。
「お前ら、何した?」
俺はあくまで平然を装って聞く。
いや、装っているつもりでも全て出ていた。
「その…」
「手短に答えろ」
高山は俺の焦ったような声を聞いたからか素直に答えた。
「黒崎さんを沈めて、ました」
「お前らバッカじゃねぇの!?そんなことして楽しい?面白い?こっちとして楽しくも面白くもねぇんだよ!普通にいじめだし、犯罪だからな!?これ!」
俺は今までで1番怒っていただろう。
止まらなかった。
「仁…、もういいよ…」
「美陽…、早く失せろ。自首してこい。名前くらいは覚えてるからな?」
そういうと3人はプールサイドを後にした。
「美陽、あ、ごめん。また美陽って呼んだ」
「大丈夫。…今だけ、昔の名前で呼んで」
「…分かった」
俺はさっきより少し強く抱きしめた。
「早く気づいてあげられなくてごめん」
「大丈夫…じゃないけど大丈夫。それより、仁。足大丈夫じゃないでしょ!?」
無理してきたんでしょ?と気遣ってくれる美陽。
「うん、大丈夫ではない。けど、美陽がまた辛い思いするのはもっと大丈夫じゃないんだよ」
「ありがとう。こんなに心配してもらったの…、久しぶりだよ」
「え?」
「私姉がいるんだけど…姉がすごく何もできないんだよ。親がそれにすごい世話をしてて、私は何もしなくてもいい、完璧を求められてる。だから、心配なんてしてくれない。…今悪口言ったね。良くないな」
雫が話してくれたことは、美陽の時と同じような境遇だった。
「俺が1番心配するのは雫だから」
「私が1番頼りにしてるのは那月だよ」
雫にそう言ってもらって、俺の心の中はどれだけあたたかったことか。
「って、こんなことしてたら雫が風邪引く。俺のブレザー貸すよ、体操服に着替えて」
「ありがとう。でも、那月は…」
「俺は1人で行けるから大丈夫。ずっとこんな感じだから慣れてるっちゃ慣れてるんだよ。じゃあ、早く着替えて迎えにきて」
「了解ですっ!すぐに戻ってくるからね!」
雫は少し不安そうな顔をして走っていった。
数日後、俺はまた病院に行った。
「…那月、絶対無理ちゃだめだって言ったよね?」
西尾はお怒りのご様子だ。
「スミマセン」
「…美陽ちゃんでしょ」
「イエス」
「美陽ちゃんを助けたんでしょ」
「おっしゃる通りです」
なんでこんなに見透かされるんだろうか。
「はぁ。まあどんな状況かは分からないけど、男としての勇敢さは認めてやろう」
西尾は腕を組んで偉そうにこう言った。
「…ありがとうございます?」
俺はこの返答でいいのか迷った。
「だけど!治る方向に向かってたのよ!」
「美陽を助けるんだったらなんでもする。…けど、今回は無理をしすぎた。反省してる」
「うん、よし!」
案外あっさりだった。
「なぁ、西尾」
「先生ね!」
「センセイ」
「後付け感が半端ないな。いいよ、西尾で」
なんだったんだ。
「俺って、歩けるようになる?」
「もうちょっとリハビリ強化してみようか。もちろん、無理はしないから」
「ありがとう」
これで、歩けるようになったらまた、雫に告白しよう。
全て万全な状態で雫に言いたい。
俺は歩けるように努力する決意をした。
数ヶ月後。
俺はなんと、歩けるようになっていたのだ。
もちろん、勉強は怠っていない。
病院で勉強をして、休憩時間にリハビリをやっているのだ。
思うように動かない足を動かすのは大変だった。
手術もした。
少しぎこちないけど、ちゃんと歩けるようにはなっていた。
そして、ここの病院に通うのは今日が最後だ。
「西尾先生、これまでありがとうございました」
「本当に那月を世話したよ。恋バナに恋バナに恋バナね」
「そんなにしてないと思うんですけど」
西尾はクスッと笑う。
「でも、精神年齢は私の方が上だけど、元々あなたは100年以上前の人間なんだよね」
「まあ、そうなりますね」
「そういうこと、教えてくれてありがとね。なかなか言い出せなかっただろうに」
「いや、相談に乗ってくれたのは西尾なんで」
「先生!先生が抜けてる!」
西尾は抜かりなくこう言った。
「あなたたちは運命と呼ばれるものだと思うよ。だから、美陽ちゃんを大切にしなさい」
「はい」
「そして…、あなたも、幸せになりなさい」
にっこりと微笑んでいう。
「西尾も早く彼氏見つけた方がいいと思う」
「なっ、私のことは気にしてくれなくていいですよー!…まあ、はい」
そして西尾と別れた。
これから改めて美陽に告白しようと思う。
だが、この後すぐに俺がこの病院に戻ってくることは知らない。
雫から連絡が入った。
いや、雫じゃなかった。
雫が仲良くしているクラスメートからだ。
『宮風くん!今すぐ国立病院に来て!雫ちゃんが交通事故に遭って倒れてる!』
そのメッセージを見た途端、俺は走り出した。
やっぱり少しぎこちない。
だけど、精一杯走ってまた戻った。
病室は要件とともに書いてあった。
503号室。
俺はノックして入った。
そこには雫と女子2人、西尾がいた。
雫は寝ている。
「美陽!」
俺はすぐに雫の隣につく。
また美陽と呼んでしまった。
焦るとやっぱりダメなんだ。
気が抜ける。
「美陽…って、この子?」
「うん、そうだよ。今では黒崎雫。前は菅原美陽」
「菅原美陽さん、か。…雫さんの容態は意識不明。腕と足が骨折してる」
意識不明に骨折…
「トラックにぶつかったらしい」
俺はそっと雫の手を握る。
「雫…っ」
なんで、なんでいつも雫なんだ。
がんになるのだって、この事故も、俺に降りかかってくればいいだろう。
なんで雫ばかりなんだ。
俺が足を失ったっていい、歩けなくなったっていい。
雫に危害を与えないで。
俺は3時間ぐらいずっと雫のそばにいた。
雫の友人は用事があるらしい。
すると、早くも雫は目を覚ました。
「ん…」
「雫!」
雫は俺を見るなり、泣き出した。
「仁…っ!?」
俺は手をしっかりと握る。
「うん、仁だよ」
「待って、病院…!?」
「雫は交通事故にあったらしい」
「…そう、なんだ」
雫は意外とこの状況をすんなりと受け入れた。
「雫は、腕と足の骨を折ってるらしいから動かないでね。今西尾…、いや先生を呼んでくる」
俺は雫の頭を撫でて西尾を呼びに行った。
「雫さん」
西尾は雫に事情聴取をした。
「何ヶ月か入院しないといけないけど、命に別状はないよ。まあ、那月が毎日お見舞いに来てくれるよ」
「当たり前だろ」
「ほら、良かったね!」
西尾は笑って雫を励ました。
こういうところは本当に尊敬できる。
「あの…、2人ってどういう関係ですか…?」
雫が恐る恐る聞いた。
「ああ、私はちょうど今日まで那月の担当をしてたの。まあ、20分ぐらいで再会したけどね」
「そういうことですか」
雫は少し安心したような声を出した。
「別に全然やましい関係じゃないから安心して。…だけど…、」
「勝手に話してごめん。西尾に前世のことは話してるんだ」
俺は西尾が言いにくそうだったことを言った。
「そうなんだ。…うん、別に大丈夫だよ」
「那月と恋バナはいっぱいしたよ」
「そんなこと言うな!」
俺は恥ずかしくなって言い返す。
「まあ、ちょっと様子を見よう。何か異変を感じたらすぐに言ってね」
西尾は病室を去っていった。
「そういえば、那月。車椅子は?」
「そうだ。雫、俺歩けるようになった!」
我ながらちょっとはしゃぎすぎたと思う。
高3になってこの態度は…、と俺は後悔する。
「ほんと!?良かった…!」
雫は俺の頭を撫でる。
「ねぇ、那月。私の骨折が直ったら、おでかけしよ」
「出かける?…うん、行こう」
「どこがいいかな?」
「100年前に俺が告白したところってまだ残ってるかな」
俺はそう提案してみた。
「いいね、そこ」
「決定な」
3ヶ月後。
俺は雫と一緒に100年前の地に来た。
桜は2倍くらいに大きくなっている。
俺は以前立っていたところに足を揃える。
「雫はそこに立って」
「ん?いいよ」
俺は息を吸って吐いてこう言った。
「雫。俺は雫が好きだ」
「(!)」
「100年前からずっと好き。死んで生まれ変わっても好き。前も言ったけど、雫…いや、美陽以外に好きになれる人なんていない」
俺はしっかりと雫の目を見て言う。
「今度こそは、“雫“を幸せにする。危害からは俺が守る。俺と、付き合ってください」
少し、ほんの少し間が流れた。
だけど、俺にとっては長くて仕方がなかったら。
「私も、100年前からずっとずっと那月が大好き。よろしくお願いします」
俺はまたまた雫を抱きしめた。
「こうやって抱きしめるの、初めてだよな」
車椅子だったり、座ったままだったりしたけど、今回、俺は立っている。
「中学生の頃はあんまり変わらなかったけど、那月の体、大きいね」
「まあ、そりゃあ高校生だからな」
雫も俺を抱きしめてくれる。
よく見てみると、雫は泣いていた。
「どした?」
「私、死ななかった方が良かったな。こんなに優しい人がいるのに」
俺は雫の涙を掬う。
「ずっと雫に寄り添う。ずっと一緒にいる。だから、1人でいなくならないで。行く時は俺も一緒だ」
「那月、本当にありがとう。感謝しかないよ」
「それは俺の方な」
「もうキリがなくなる!」
雫はふふっと笑う。
「よし、じゃあもうちょっとここら辺まわろっか」
「100年前の中学校、もうないかな?」
「まあ…、あったらすごいよな」
まさか、あの日の俺はまたこうやって幸せな日々を送るとは思いもしなかっただろう。
過去も今も未来も、雫と、美陽との時間を大切にしていけたらいいな。
雫を幸せにしてやりたい。
…いや、絶対にしてやる。
そして、あの日の自分に言ってやりたい。
100年後、俺たちは再会する。
END.
朝岡中学校3年生の時。
俺は桜の木の下で人を待っていた。
もちろん、告白だ。
この大きな桜の木の下は俺とあいつの待ち合わせ場所になっていて比較的俺は気に入っていた。
「あ、いた」
「菅原」
菅原美陽。俺の同級生だ。
同じクラスではないが仲はいい方である。
「櫻井どうしたの」
「…えっと。俺、菅原が好きだ。もし良かったら俺と付き合ってほしい」
恥ずかしさと言ってしまったことの後悔が押し寄せてくる。
これで振られたらメンタルがボロボロに崩れ落ちてしまう。
すると、菅原はこう言った。
「私も櫻井が好きだよ」
一瞬幻聴かと思った。
「マジ…!?」
「マジもマジで大マジ」
訳の分からないことを言う菅原。
俺は嬉しさでいっぱいだった。
「でも…、私ね、がんを持ってるんだ」
「がん?」
「そう、肺がん。私の場合だいぶ症状が進行してるらしくて。迷惑いっぱいかけるし、もしかしたら私は死ぬかもしれない」
俺は菅原の言ったことが上手く整理できない。
けど、俺の答えは決まっている。
「菅原ががんを持っていようと俺の菅原の気持ちは変わらない。迷惑だって菅原にはかけてほしいし、頼ってほしい」
「いいの…?」
「うん。あんまり言いたくなかっただろ。ありがとな、話しにくいことを話してくれて」
俺は珍しく笑顔になった。
すると、菅原は俺に抱きついてきた。
「ありがとう。大好き、仁」
俺の名前をしれっと自然に呼ぶ菅原。
「待って、フライングだと思う」
「じゃあスタートはいつなのよ?」
「俺も美陽のこと、大好きだから。…はい、スタート」
「ぐっ」
菅原…いや美陽は顔が真っ赤になっている。
それがどうしようもなく可愛くて俺も抱きしめ返す。
「ずるいなぁ」
「ずるいのはどっちだよ」
俺にとって至福の時間。
だがこの年の8月。
美陽はこの世を去った。
入水自殺をしたらしい。
俺は頭が回らなかった。
なんで美陽は自殺したのか。
俺は美陽の遺体の前で泣いていた。
こんなに涙を流すことなんて初めて顔もしれない。
「仁くん」
そう話しかけてきたのは美陽の母親だった。
「美陽がね、仁くんに向けて手紙を書いてたの。受け取ってくれるかな?」
美陽からの手紙…?
俺は恐る恐る開いて手紙を読み始めた。
『櫻井仁様
突然ごめんなさい。
仁がこれを読む時は私はもう死んでいるのでしょう。
私の状態は良くなく、薬の副作用が耐え切れないほど苦しい日々を送っています。
こんなことを耐えなければならないなら私は死んだほうが楽じゃないか。
そんなことばっかり考えています。
私はこれから海に飛び込むつもりです。
仁、4ヶ月だったけどありがとう。
仁が頼ってくれって言ったこと、これ以上ないほど嬉しかったよ!
だけど、私がいることによって仁は掴める幸せまでも逃してしまう。
だから2つの意味で私はこの道を選びました。
仁は私よりももっともっと可愛らしい女性を見つけて幸せになってください。
…本音かどうか問われると何もいえないけど。
仁が告白してくれてもう私は幸せでした。
本当に、本当にありがとう。
仁、大好きだよ。』
そう読み終わった時には俺の袖は濡れていた。
涙が全て染み込んだのでなんとなく重く感じる。
これから何をすればいいのか。
美陽に教えるためにやってた勉強も、美陽に褒めてもらいたいから頑張ってた部活も。
俺に努力をするもとがなくなった。
俺の最高の生き甲斐がいなくなった。
美陽…、いなくならないでよ。
俺を置いてさ、1人で苦しんでたんだよな。
俺がそれに寄り添えなかったんだ。
いや、寄り添ってはいたけど美陽に過度な期待をしていたのかもしれない。
美陽以外に好きになれる人なんかいないんだよ。
ずっとずっと美陽がいいんだよ。
来世でもその次も、美陽じゃないとダメなんだよ。
俺の幸せは美陽なんだから…!
美陽がいなくなって、もう俺には感情がなくなった。
元々無表情だったけど、それ以上に喜びという感情がない。
そして、俺は…
2019年、享年26歳で交通事故で死んだ。
最後に通った走馬灯は全て美陽だった。
2109年6月。
高校3年生の夏前。
俺は放課後の学校にいた。
俺は中学生の頃の交通事故で足が動かなくなってしまったので車椅子に乗っている。
リハビリをしているがどうも先が見えない。
俺の教室は3階にあり、車椅子のままみんなと同じような授業を受けるのは難しいと言うことでリモートでしている。
だが、今日は月に一度ある登校日だ。
学校が俺のために色々考えてくれたらしい。
「宮風くん」
「はい」
「最近調子はどう?」
そう聞いてくるのは校長だ。
今の校長は気さくで話も短く、生徒思いなため人気だ。
「足の方は…、まだ先が見えないです。授業の方は大丈夫です」
「色々頑張るのはいいけど、無理はしないようにね!だけど、宮風くんの努力には毎回驚かされるよ」
「ははっ、ありがとうございます」
校長はまだ業務があるらしく、去っていた。
次に担任に宿題を預けないといけないのに出てこない。
まだかと待っていると女子生徒が歩いてきた。
俺を見てびっくりしている。
まあ、初めて見るからな。
だが、俺も彼女を見てびっくりする。
「美陽…!?」
「仁…!」
彼女は容姿も声も何もかも違う。
だけど、俺の直感がそう働いた。
俺には前世の記憶がある。約100年ほど前のものだ。
美陽はこっちに少し緊張するように歩みよってきた。
「本当に…、仁、ですか」
美陽は怖くなると敬語になる。
変わってない。
「うん、そうだよ」
「覚えて…る?」
「菅原美陽、俺の彼女だ」
「仁…っ!」
俺は美陽を抱きしめた。
だけど、車椅子があって少し難しかった。
「美陽、会いたかった…っ」
目の前にいる彼女が触ることができるという実感。
「ごめんなさい。ごめんなさい…っ、私のせいで仁に迷惑かけちゃった…っ!」
必死にそう謝る美陽。
「本当だよ。勝手にあっちに行って…っ、俺がどんだけ悲しんだか分かってんのか?…もう。俺は美陽にどうしても一緒にいてほしい」
「私も仁と一緒がいい」
涙ぐんでそういう美陽。
俺も涙がでた。
すると、職員室のドアが開く。
「宮風、ってえっ!?黒崎!?」
担任が出てきたのだ。
タイミングの悪い。
「泣いてる…?どしたんだよ!?」
「先生は入ってこないでください。えーっと、名前を聞いてなかったな」
「お、おい黒崎、名前聞いてないやつと抱き合ってたのか!?」
担任が勘違いをしているが外部に話しても信じてもらえないだろう。
「今は宮風那月(みやかぜ なつき)。高3だよ」
「那月、か。私は黒崎雫(くろさき しずく)。私も高校3年生、また同学年だね!」
「雫、か」
「“また“同学年?どう言うこと?」
この担任、変なところで敏感らしい。
「先生、これ提出物です。これからもよろしくお願いします」
「お、おう」
「雫、行こ」
「うん!あ、車椅子押そっか?」
雫は気遣ってくれた。
「あ…お願いできる?」
そして中庭にやってきた。
「そこのベンチの横に運んでくれる?」
「了解!」
そして雫はベンチに座る。
「俺、中3の春に交通事故にあってさ。だいぶの重症で片足が動かないんだよ」
「そうなんだ」
雫は意外とあっさり流してくれた。
「ごめんな、手間かけて」
「全然!気にしないでいいし、迷惑とかでもなんでもないから!」
「ありがとう」
「ううん。…ねえ、私の手紙、読んだ?」
「うん。読ませてもらったよ」
すると、雫は俯いてしまう。
「先に行っておくけど、俺、今まで美陽以外に恋人作ってないから。今も昔もこれからもずっとお前一筋」
「そう、そっか」
少し元気になったようだった。
「仁がさ、4月に告白してくれたじゃん」
「うん」
「あの時ね、主治医に余命があと2ヶ月って言われてた。別に私はそんなこと気にしてないけどね!余命が決まってるからと言って2ヶ月で必ず死ぬってことでもないし。なんならのばしてやろうとも考えてた」
美陽らしい。
「だけど6月頃から急に調子が急悪化したじゃん。病院に寝たきりで。手当てしなくても苦しいし、手当てしても副作用がきつい。こんなことしてまで生きる必要ってあるのかなって思って」
「…」
俺は何も言えなかった。
こんなに美陽が追い詰めてたなんて。
「もちろん仁がいてくれてすごく幸せだったり、毎日お見舞いに来てくれたりしてくれた。けど…、辛いのは変わらなかった。看護師さんに手紙を送るって言って遺書を書いて、私はちょっと元気な時に無理やり病院を抜け出して海に飛び降りたんだ。その後は本当にしんどかったよ。苦しくて苦しくてしょうがなかった。その時仁の声が聞こえたけどもう手遅れだったんだ。でも、今では水は苦手かな」
雫がそう言うが、言う以上に苦しくてしんどかったんだろう。
俺はそっと雫を抱きしめる。
「ごめん、話を聞いてあげられなくて。俺にもできることはたくさんあったはずなのに」
「仁はやるべきことをちゃんとやってくれた。私の自業自得なんだら大丈夫。それに、またこうして仁と…いや、那月と会えたわけだし、私は万々歳!」
そう元気に言う雫。
「ありがとう、話してくれて」
「ふふ、やっぱり那月に感謝されるとくすぐったいよ」
「そう?」
俺と雫は中庭で2人、笑っていた。
その後、俺は学校に行く機会を増やした。
これも病院に無理を言ってだ。
俺は今病院にいる。
「はぁ!?美陽ちゃんに会えた!?」
俺の主治医の西尾来夢(にしお らいむ)…先生。
「うん」
俺の前世のことについては全て相談済みだ。
このことについて話した後、
「じゃあ那月は私より年上で実際おじいちゃんなんだね!」
と言われ、ちょっとショックになったことを覚えている。
「え…、でも美陽ちゃんは昔に亡くなってるよね?」
「うん。俺みたいに生まれ変わってる」
「ふーん…」
西尾がそう頷いたと思うと大声を出した。
「ちょっ、は!?ちょっと運命すぎん!?」
「そりゃあそう」
「なんかムカつくわぁ。まあ那月にとっては生まれてから今までの幸福なんでしょ」
「知ってらっしゃった」
西尾は大抵なんでも見通す。
なんでも、俺は無表情だけど分かりやすいのは分かりやすいらしい。
「まあ、直接言うのはどうかとは思うけど、親御さんがねぇ」
「別にズバッと言ってくれていいよ。あの人らのことなんかもう知らないし」
「いやぁ、ズバッとは言わないけど。まあ、良かったじゃん。おめでとう」
「ん」
「これからも無理はしないこと。異変を感じたらすぐに病院に来て」
「分かった」
俺は病院を去った。
俺の頭の中は次の登校日のことばかり考えていた。
数日後。
俺はとても珍しく、日中に登校した。
階段も、補助をつけてもらいながら上がり、何ヶ月ぶりかの登校だ。
「あ、雫」
「あれ、那月!?」
雫は俺の顔を見るなりびっくりしていた。
「同じクラスなんだ」
「うん、一緒だよ。…しかもなんと隣の席」
「…マジか」
俺にとっては嬉しい限りだ。
すると、俺の横にひょこっと影が現れた。
「おっ、宮風じゃん。…えっと…、11ヶ月ぶり!進級おめでとう!」
そう情報をばら撒いてくるのは佐々木…えーっと…
「下の名前なんだったっけ」
「凱亜(がいあ)だよ!まあ、覚えにくいのも分かるけどさ…」
「カイト?」
「お前は今何を聞いとったんじゃい!」
ペシっと頭を叩かれる。
身長は俺の方が高いが、車椅子だからちょうど叩きやすい位置にあったんだろう。
佐々木は明るく面白い。
1年に何回来るかも分からない俺によく話しかけてくれる。
「黒崎さんも宮風と知り合い?」
「あーうん、まあね」
少し照れくさそうに言う雫。
「あれ、宮風くんだ!」
そうこっちに来たのは何人かの女子。
名前は…覚えていない。
「久しぶりだね〜!元気にしてた?」
「あ…、うんまあ」
「それなら良かったよ〜」
俺の手をさりげなく触る女子。
別にベタベタ触っているわけではないが、あまりいい気はしない。
そしてそこでチャイムが鳴り、俺はその日久しぶりに普通の学校生活というものを送ることができた。
もちろん、雫の隣を満喫した。
放課後、俺が雫を誘おうと思うと雫は教室にはいなかった。
「なぁ、佐々木。黒崎知らね?」
「あー、なんか楽しそうに高山らと出て行ったよ?」
「高山って誰?」
「お前が今日朝話してたやつ。最近仲良くなったらしくてさ」
俺は佐々木に礼を言って少し学校を探す。
だけど、俺は不自由なため時間がかかった。
どれだけ探しても雫はいない。
トイレでもなさそうだけど…
俺は諦めて校門に行こうと思った時、覚えのある声が聞こえた。
高く笑う声。
これは高山の声だった。
なんというか、悪意のある声だったから思わず車椅子をプールの方に走らせた。
俺がプールに行くと、高山を含む3人がプールサイドに座っていた。
もちろん、普段はプールは立ち入り禁止だ。
「本当、こんな簡単に騙せると思ってなかったわ。やっぱ、黒崎さん最高」
雫の名前が上がり、俺は片足を引きずりながら一生懸命プールサイドに上がった。
何をしているのかと思いきや、思ってもない事態がそこにあった。
「雫!?」
雫がプールの底に沈められていたのだ。
高山らが足で押している。
「み、宮風くん!?」
「お前ら何してんだよ。早く美陽を出せ!」
俺はムキになってこう言っていた。
雫を前の名前で呼ぶほどに。
「みよって誰?」
「足を退けろ!」
上がってくる。
俺は不自由な足を必死に屈んで、プールサイドに手を伸ばした。
「仁…!」
俺は雫を引き上げた。
日頃から車椅子を操作しているため、腕の力は十分にある。
雫を引き寄せて抱きしめる。
「苦しかったな」
「息ができなくて、怖かった…」
その雫の怯えたような声が怖くて仕方がなかった。
「お前ら、何した?」
俺はあくまで平然を装って聞く。
いや、装っているつもりでも全て出ていた。
「その…」
「手短に答えろ」
高山は俺の焦ったような声を聞いたからか素直に答えた。
「黒崎さんを沈めて、ました」
「お前らバッカじゃねぇの!?そんなことして楽しい?面白い?こっちとして楽しくも面白くもねぇんだよ!普通にいじめだし、犯罪だからな!?これ!」
俺は今までで1番怒っていただろう。
止まらなかった。
「仁…、もういいよ…」
「美陽…、早く失せろ。自首してこい。名前くらいは覚えてるからな?」
そういうと3人はプールサイドを後にした。
「美陽、あ、ごめん。また美陽って呼んだ」
「大丈夫。…今だけ、昔の名前で呼んで」
「…分かった」
俺はさっきより少し強く抱きしめた。
「早く気づいてあげられなくてごめん」
「大丈夫…じゃないけど大丈夫。それより、仁。足大丈夫じゃないでしょ!?」
無理してきたんでしょ?と気遣ってくれる美陽。
「うん、大丈夫ではない。けど、美陽がまた辛い思いするのはもっと大丈夫じゃないんだよ」
「ありがとう。こんなに心配してもらったの…、久しぶりだよ」
「え?」
「私姉がいるんだけど…姉がすごく何もできないんだよ。親がそれにすごい世話をしてて、私は何もしなくてもいい、完璧を求められてる。だから、心配なんてしてくれない。…今悪口言ったね。良くないな」
雫が話してくれたことは、美陽の時と同じような境遇だった。
「俺が1番心配するのは雫だから」
「私が1番頼りにしてるのは那月だよ」
雫にそう言ってもらって、俺の心の中はどれだけあたたかったことか。
「って、こんなことしてたら雫が風邪引く。俺のブレザー貸すよ、体操服に着替えて」
「ありがとう。でも、那月は…」
「俺は1人で行けるから大丈夫。ずっとこんな感じだから慣れてるっちゃ慣れてるんだよ。じゃあ、早く着替えて迎えにきて」
「了解ですっ!すぐに戻ってくるからね!」
雫は少し不安そうな顔をして走っていった。
数日後、俺はまた病院に行った。
「…那月、絶対無理ちゃだめだって言ったよね?」
西尾はお怒りのご様子だ。
「スミマセン」
「…美陽ちゃんでしょ」
「イエス」
「美陽ちゃんを助けたんでしょ」
「おっしゃる通りです」
なんでこんなに見透かされるんだろうか。
「はぁ。まあどんな状況かは分からないけど、男としての勇敢さは認めてやろう」
西尾は腕を組んで偉そうにこう言った。
「…ありがとうございます?」
俺はこの返答でいいのか迷った。
「だけど!治る方向に向かってたのよ!」
「美陽を助けるんだったらなんでもする。…けど、今回は無理をしすぎた。反省してる」
「うん、よし!」
案外あっさりだった。
「なぁ、西尾」
「先生ね!」
「センセイ」
「後付け感が半端ないな。いいよ、西尾で」
なんだったんだ。
「俺って、歩けるようになる?」
「もうちょっとリハビリ強化してみようか。もちろん、無理はしないから」
「ありがとう」
これで、歩けるようになったらまた、雫に告白しよう。
全て万全な状態で雫に言いたい。
俺は歩けるように努力する決意をした。
数ヶ月後。
俺はなんと、歩けるようになっていたのだ。
もちろん、勉強は怠っていない。
病院で勉強をして、休憩時間にリハビリをやっているのだ。
思うように動かない足を動かすのは大変だった。
手術もした。
少しぎこちないけど、ちゃんと歩けるようにはなっていた。
そして、ここの病院に通うのは今日が最後だ。
「西尾先生、これまでありがとうございました」
「本当に那月を世話したよ。恋バナに恋バナに恋バナね」
「そんなにしてないと思うんですけど」
西尾はクスッと笑う。
「でも、精神年齢は私の方が上だけど、元々あなたは100年以上前の人間なんだよね」
「まあ、そうなりますね」
「そういうこと、教えてくれてありがとね。なかなか言い出せなかっただろうに」
「いや、相談に乗ってくれたのは西尾なんで」
「先生!先生が抜けてる!」
西尾は抜かりなくこう言った。
「あなたたちは運命と呼ばれるものだと思うよ。だから、美陽ちゃんを大切にしなさい」
「はい」
「そして…、あなたも、幸せになりなさい」
にっこりと微笑んでいう。
「西尾も早く彼氏見つけた方がいいと思う」
「なっ、私のことは気にしてくれなくていいですよー!…まあ、はい」
そして西尾と別れた。
これから改めて美陽に告白しようと思う。
だが、この後すぐに俺がこの病院に戻ってくることは知らない。
雫から連絡が入った。
いや、雫じゃなかった。
雫が仲良くしているクラスメートからだ。
『宮風くん!今すぐ国立病院に来て!雫ちゃんが交通事故に遭って倒れてる!』
そのメッセージを見た途端、俺は走り出した。
やっぱり少しぎこちない。
だけど、精一杯走ってまた戻った。
病室は要件とともに書いてあった。
503号室。
俺はノックして入った。
そこには雫と女子2人、西尾がいた。
雫は寝ている。
「美陽!」
俺はすぐに雫の隣につく。
また美陽と呼んでしまった。
焦るとやっぱりダメなんだ。
気が抜ける。
「美陽…って、この子?」
「うん、そうだよ。今では黒崎雫。前は菅原美陽」
「菅原美陽さん、か。…雫さんの容態は意識不明。腕と足が骨折してる」
意識不明に骨折…
「トラックにぶつかったらしい」
俺はそっと雫の手を握る。
「雫…っ」
なんで、なんでいつも雫なんだ。
がんになるのだって、この事故も、俺に降りかかってくればいいだろう。
なんで雫ばかりなんだ。
俺が足を失ったっていい、歩けなくなったっていい。
雫に危害を与えないで。
俺は3時間ぐらいずっと雫のそばにいた。
雫の友人は用事があるらしい。
すると、早くも雫は目を覚ました。
「ん…」
「雫!」
雫は俺を見るなり、泣き出した。
「仁…っ!?」
俺は手をしっかりと握る。
「うん、仁だよ」
「待って、病院…!?」
「雫は交通事故にあったらしい」
「…そう、なんだ」
雫は意外とこの状況をすんなりと受け入れた。
「雫は、腕と足の骨を折ってるらしいから動かないでね。今西尾…、いや先生を呼んでくる」
俺は雫の頭を撫でて西尾を呼びに行った。
「雫さん」
西尾は雫に事情聴取をした。
「何ヶ月か入院しないといけないけど、命に別状はないよ。まあ、那月が毎日お見舞いに来てくれるよ」
「当たり前だろ」
「ほら、良かったね!」
西尾は笑って雫を励ました。
こういうところは本当に尊敬できる。
「あの…、2人ってどういう関係ですか…?」
雫が恐る恐る聞いた。
「ああ、私はちょうど今日まで那月の担当をしてたの。まあ、20分ぐらいで再会したけどね」
「そういうことですか」
雫は少し安心したような声を出した。
「別に全然やましい関係じゃないから安心して。…だけど…、」
「勝手に話してごめん。西尾に前世のことは話してるんだ」
俺は西尾が言いにくそうだったことを言った。
「そうなんだ。…うん、別に大丈夫だよ」
「那月と恋バナはいっぱいしたよ」
「そんなこと言うな!」
俺は恥ずかしくなって言い返す。
「まあ、ちょっと様子を見よう。何か異変を感じたらすぐに言ってね」
西尾は病室を去っていった。
「そういえば、那月。車椅子は?」
「そうだ。雫、俺歩けるようになった!」
我ながらちょっとはしゃぎすぎたと思う。
高3になってこの態度は…、と俺は後悔する。
「ほんと!?良かった…!」
雫は俺の頭を撫でる。
「ねぇ、那月。私の骨折が直ったら、おでかけしよ」
「出かける?…うん、行こう」
「どこがいいかな?」
「100年前に俺が告白したところってまだ残ってるかな」
俺はそう提案してみた。
「いいね、そこ」
「決定な」
3ヶ月後。
俺は雫と一緒に100年前の地に来た。
桜は2倍くらいに大きくなっている。
俺は以前立っていたところに足を揃える。
「雫はそこに立って」
「ん?いいよ」
俺は息を吸って吐いてこう言った。
「雫。俺は雫が好きだ」
「(!)」
「100年前からずっと好き。死んで生まれ変わっても好き。前も言ったけど、雫…いや、美陽以外に好きになれる人なんていない」
俺はしっかりと雫の目を見て言う。
「今度こそは、“雫“を幸せにする。危害からは俺が守る。俺と、付き合ってください」
少し、ほんの少し間が流れた。
だけど、俺にとっては長くて仕方がなかったら。
「私も、100年前からずっとずっと那月が大好き。よろしくお願いします」
俺はまたまた雫を抱きしめた。
「こうやって抱きしめるの、初めてだよな」
車椅子だったり、座ったままだったりしたけど、今回、俺は立っている。
「中学生の頃はあんまり変わらなかったけど、那月の体、大きいね」
「まあ、そりゃあ高校生だからな」
雫も俺を抱きしめてくれる。
よく見てみると、雫は泣いていた。
「どした?」
「私、死ななかった方が良かったな。こんなに優しい人がいるのに」
俺は雫の涙を掬う。
「ずっと雫に寄り添う。ずっと一緒にいる。だから、1人でいなくならないで。行く時は俺も一緒だ」
「那月、本当にありがとう。感謝しかないよ」
「それは俺の方な」
「もうキリがなくなる!」
雫はふふっと笑う。
「よし、じゃあもうちょっとここら辺まわろっか」
「100年前の中学校、もうないかな?」
「まあ…、あったらすごいよな」
まさか、あの日の俺はまたこうやって幸せな日々を送るとは思いもしなかっただろう。
過去も今も未来も、雫と、美陽との時間を大切にしていけたらいいな。
雫を幸せにしてやりたい。
…いや、絶対にしてやる。
そして、あの日の自分に言ってやりたい。
100年後、俺たちは再会する。
END.

