結果として婚約者が一人暮らしをしているマンションよりも先に、婚約者の実家を訪問することになった。怒涛の展開に頭がくらくらしてくるが、交際ゼロ日でのプロポーズを受けたのは自分だから、仕方ないのかもしれない。
 篠目邸は見るからに由緒のありそうな日本家屋だった。
 長い廊下の一方は縁側のように庭に面していて、その鮮やかな緑が都心の一等地であることを忘れさせる。とはいえせっかくの新緑を眺める間もなく、もう一方に連なる襖の一つを開け、貴博さんは目の前のソファにさっと腰を下ろした。
 おそらく応接室なのだろう。畳の部屋にソファとローテーブルが据えられているところが、ワンランク上の純日本家屋という感じがする。
「深雪も座れば」
「え? でも勝手に」
「俺んちだから。あと、たぶん待たされるし」
「けど――」
 何か言葉を口にする前に、彼の手に導かれて座り込んでしまった。黒のソファから滑らかな革の手触りを感じる。
 貴博さんの言う通り、手持ち無沙汰な時間がしばし流れていく。その静寂を破って彼が唐突に口を開いた。
「さっきのケーキ」
「え?」
「深雪の親父さんが焼いたやつ?」
 自分一人の力では渡すことすら叶わなかった手土産を思い出し、首を小さく縦に振る。
「ササメのお菓子を持っていくわけにもいかないから」
「そりゃそうだ」
 だからどうしたということもなく、貴博さんが笑う。