「……貴博さんって、そんな素直に謝れるんだ」
「おい」
 苦笑しながら彼が突っ込んで、お互いに緊張がほぐれたようだ。二人でお酒を飲みながら、少しずつ言葉を交わしていく。
「もう知ってると思うけど、俺の名前は篠目貴博で、俺の親父はササメの社長で、あと何年かしたら親父の跡を継いで社長になる……かな。たぶん」
「たぶん?」
「正直実感ないんだわ。三十歳ってもっと大人だと思ってたけど、全然だな」
 こんなにもかけ離れた立場にあっても、年頃による悩みの本質は変わらないらしい。
「早く結婚しろとか子供を作れとか平気で言ってくるし、そんな相手はいないと返せば勝手にお見合いをセッティングしてくるし」
「それは、お母様が?」
「ああ。母親の方があからさまだけど、父親も結婚はしてほしいんだろうな」
 篠目社長の態度はそんなふうには見えなかったが、初対面の私に本当のところが推し量れるわけもない。
「実のところ結構困ってた。突っぱね続ける選択肢もないことはないけど、この年になって更に圧が強くなった気がするし。そんな時に舞台に立つことになって、いろいろ考えたんだ」
「いろいろって……?」
「自分にとって特別な人間がいる感覚、とでもいうのかな? ヒロってイマジナリーフレンドだから、恋とか愛とかそういった感情があんまり生々しくなくて、俺としてはやりやすかった」