貴博さんから指定された場所はホテルのバーだった。
 暖色系の明かりに包まれたレトロな店内は、完全にお酒を楽しむ大人のための空間だった。バーカウンターの最奥に座るジャケットスタイルのイケメンが、あまりに格好よくて文句の一つもぶつけたくなる。
「いきなりこういうところに誘わないでくれる?」
「嫌なら嫌と言ってくれれば――」
「別に嫌じゃないけど、ちょっと緊張するって話」
 カウンターの向こうに酒瓶が並びバーテンダーが立つオーセンティックバーは、ドラマの舞台としてとても絵になる。だから脚本を書くために一度調べたことがあるけれど、実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
 少しだけ背伸びしたヒールと大人っぽい黒のワンピースで乗り込んだ私は、彼の隣に座ると手持ちの知識から一番ベタと思われるジントニックを注文する。
「普通に様になってるじゃん」
「え?」
「緊張してるようには見えない」
 慣れた手つきでグラスを呷る貴博さんは、どこまでも偉そうな男である。
「偉そうというか、偉いんだっけ?」
「うん?」
「副社長さん」
 今更敬語に戻るまいと気を張っているせいか、少々言葉が強くなってしまった。こちらへ身体を開いて座っていた彼が、正面に向き直る。
「ごめん」
 その口からぽつりとこぼれた台詞に、私は耳を疑った。
「え?」
「俺が中途半端なことしてる間に、親父に呼び出されたらしいな。そりゃビビるわ」