「深雪さん!」
 入ってきたのは赤塚(あかつか)奈央子(なおこ)。純日本人なのが不思議なくらい目鼻立ちのくっきりした顔と人懐っこい性格をした、ウチの看板女優である。
「ヒロくん役スカウトしたんですって!? あ、この方?」
 彼女はずかずかと彼の目の前まで歩み寄り、あわよくばキスできてしまう距離でその顔を見上げた。稽古用のジャージにスニーカーの出で立ちながら、美男美女が並んだ絵面には華があった。
「初めまして、赤塚奈央子です。奈央子でいいですよ」
「……近くないか?」
「あー、演劇やってると自然と近くなりますよね。ウチの団員も基本的に下の名前で呼び合ってるし」
「いや、そうじゃなくて」
 物理的な距離の話をしているのだろうが、それでいて一歩も引かずに美女と睨み合っている彼もなかなかである。
「お名前は?」
「え?」
「なんて呼べばいいですか?」
 私が口にできなかった問いを、何の躊躇もなく放り込む。イケメンはどんなに詰め寄られても表情を崩さなかったが、それでも最後は圧に耐えかねたように名乗っていた。
「なら……貴博(たかひろ)で、いい」
「本名もヒロくんなんですね。え、名字は?」
「は?」
 先程より幾分険しい反応に、私はとっさに奈央子の腕を引き、物理的に距離を取らせていた。