「どうぞ座って」
「え?」
 想定外に優しく話し掛けられて、随分と間の抜けた返事をしてしまった。
「君が座ってくれないと私も座りづらいだろう」
「あ、えっと……はい」
 勧められるがまま、ぎこちなくソファに腰を下ろす。
 直接声を聞いたのはおそらく入社式が最初で最後だろうし、当然間近で向かい合ったのは初めてだ。品のある三つ揃いのスーツを身にまとい、ロマンスグレーの髪を撫でつけた、なかなかダンディなオジ様である。
 いや、それより何より印象的なのは紳士的な笑顔だろう。この微笑みがなければ、いきなり社長室に連れてこられた状況で、相手とまともに視線を交わすことなどできなかったと思う。
「越智深雪さん」
「はい」
 名前を呼ばれて、改めて背筋を伸ばす。
「随分と息子が世話になったようだね」
「……はい?」
 しかし「一番偉い上司」と相対している緊張感は、すぐに意識できなくなった。
「最近タカヒロがこそこそ何かやってるのは気付いていたが、まさか劇団に顔を出していたとは」
 息子、タカヒロ、劇団に……。
「え!?」
 部屋中に響くほど叫んでしまった。何せ二日前まで舞台に立っていたので、ばっちりお腹から声が出る。
「じゃあ、貴博さんって」
 社長の息子? 正真正銘の御曹司? まさかそんなことあり得ない。