そんな考えるだけ無駄なこと、考えたこともなかった。
「当面の生活費も次回作の制作費も、申し分なく用意されるとしたら?」
「パトロンを作るってこと? そしたら辞めるね、会社なんか即刻辞めて朝から晩まで演劇に打ち込むね」
 真顔で尋ねる彼の意図が分からず、私は笑ったまま冗談めかして答えていた。
「……だったら、俺と結婚しない?」
「は?」
 今、なんて……?
 私は貴博さんをまじまじと見つめた。
 相変わらず彼の表情は真剣そのものだったが、何を考えているのかはさっぱり分からない。このまま見つめ合っていれば、ニヤリと笑って冗談だと明かしてくれるだろうか。
「深雪、すごく困った顔してる」
「そりゃ、いきなりこんなこと切り出されたら困るでしょう」
「そっか」
 小さく呟くと、彼はくるりと踵を返して舞台を降りた。
「貴博さん?」
「じゃあ、また会社で」
「はい?」
 スタスタと客席を抜けて、貴博さんは本当にいなくなってしまった。
「……何? 何だったの?」
 やはりジョークだったのだろうか。
 拍子抜けした私はその場にへなへなと座り込んだ。何もない舞台でたった一人、馬鹿みたいに取り残されていた。