傍目には虚空と会話しているユメの姿を見たミノルが、ヒロの存在に勘付いた。彼は自分の世界に引きこもっている彼女の意識を現実へ連れ戻そうとする。果たしてそのお節介はユメにとって善か悪か。この辺りから脚本上でも現実とフィクションの境目が、更に曖昧になっていく。
 ちなみにこのミノルという男、劇団員の中でもだいぶ解釈が別れていた。
 この舞台を「ユメの頭の中」そのものと捉えると、「現実」にモデルがいるだけで彼もまたユメの空想が作り出したキャラクターである可能性が生じるのだ。彼が小説のネタにされそうになったり、ユメにしか見えないイマジナリーフレンドの存在に気付いたりといったシーンがその説の裏付けとなる。
 ただ、この議論はそもそも私が貴博さんをスカウトし、後出しで脚本を改編したことで起こったものである。そして勇也さんは、初志貫徹で正真正銘のミノルを演じたいと言い切った。何故ならミノルはヒロのような都合のいい男ではないからだと、理屈もしっかりと述べながら。
 確かにミノルは、ユメにはっきりと現実を突き付け、葛藤させるキャラクターだ。皮肉なことに、その葛藤こそが彼女の小説に深みを与えていくことになるのだが。
「私だって自分が小説家になれないことくらい分かってる。今まで書けなかったのに、仕事を辞めたくらいで急に筆が進むわけもないしね」