今までヒロを必要としながら全く顧みてこなかったユメが、困惑して彼を見上げる。ようやく視界に捉えた彼がただの都合のいい男でなくなっていることに驚き、戸惑い、あるいは恐怖し、彼女は――私は後ずさった。
後ずさる本当の理由は、キスするふりが客席からそれっぽく見える立ち位置に相手を誘導するためだ。ユメとしての演技を遂行しながらも、頭の片隅では演出家としての理性を働かせている……つもりだった。
「ひ、ヒロ?」
しかし今、私は純粋な驚きと戸惑いから後ろへ退いている。目の前の彼が――もう貴博さんなのかヒロなのか判断がつかないが――本気で迫っているようにしか見えなかった。
気持ちが出来上がっているなら構わない。ユメだってこんなふうに真剣に見つめてくるヒロのことを、よもや拒絶したりはしないだろう。
くいとアゴを持ち上げられた時、私は静かに目を閉じていた。
ユメはなかなか結末を決められずにいた小説の執筆を再開する。
この場面、リアルに考えたらパソコンに向かうところだが、視覚的なインパクトを求めて原稿用紙を舞台に散乱させていく。こうした演出を違和感なくできるのが、抽象演劇のいいところだろう。
ヒロと対話しながら原稿を進めていく。もともと彼の存在意義はここにある。私の脚本家としての経験上、執筆中に頭の中がこんがらがってきた際に、誰かと言葉を交わすことで思考が整理されることは結構多い。
後ずさる本当の理由は、キスするふりが客席からそれっぽく見える立ち位置に相手を誘導するためだ。ユメとしての演技を遂行しながらも、頭の片隅では演出家としての理性を働かせている……つもりだった。
「ひ、ヒロ?」
しかし今、私は純粋な驚きと戸惑いから後ろへ退いている。目の前の彼が――もう貴博さんなのかヒロなのか判断がつかないが――本気で迫っているようにしか見えなかった。
気持ちが出来上がっているなら構わない。ユメだってこんなふうに真剣に見つめてくるヒロのことを、よもや拒絶したりはしないだろう。
くいとアゴを持ち上げられた時、私は静かに目を閉じていた。
ユメはなかなか結末を決められずにいた小説の執筆を再開する。
この場面、リアルに考えたらパソコンに向かうところだが、視覚的なインパクトを求めて原稿用紙を舞台に散乱させていく。こうした演出を違和感なくできるのが、抽象演劇のいいところだろう。
ヒロと対話しながら原稿を進めていく。もともと彼の存在意義はここにある。私の脚本家としての経験上、執筆中に頭の中がこんがらがってきた際に、誰かと言葉を交わすことで思考が整理されることは結構多い。
