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仕事に片が付いたらしい貴博さんが稽古場に戻ってきた。彼と舞台上で対峙して、奈央子の気持ちがよく分かった。何せ理想のイケメンが、付かず離れず隣で笑っていてくれるのだ。
……これは惚れるのも無理もない。
とはいえ、彼女と同じ轍を踏むつもりはない。そもそも私は役にのめり込むタイプではないし、久しぶりの演技とそれを演出家として可能な限り客観的に捉えることに、いっぱいいっぱいだった。
「脚本で一つ、気になっていることがあるんだけど」
貴博さんにそう切り出された日、先にスタッフを帰して役者三人で語らうことにした。すっかり稽古場に馴染んだ彼が、土足のまま舞台で平然と胡坐をかいたので、私と勇也さんも車座になって腰を下ろす。
「夢と現実が二項対立になっているのは分かるんだけど、どうしてそれで書くことが現実逃避のように描かれるんだ? ユメは小説家志望なのに」
彼が口にした「気になっていること」は、なかなかクリティカルな疑問だった。
「……ユメのモデルが私だから、かな。趣味に全力で勤しんでいる今の自分を俯瞰して見た時に、演劇って非日常感が強いし、ちょっと現実逃避っぽいなと思って」
仕事に片が付いたらしい貴博さんが稽古場に戻ってきた。彼と舞台上で対峙して、奈央子の気持ちがよく分かった。何せ理想のイケメンが、付かず離れず隣で笑っていてくれるのだ。
……これは惚れるのも無理もない。
とはいえ、彼女と同じ轍を踏むつもりはない。そもそも私は役にのめり込むタイプではないし、久しぶりの演技とそれを演出家として可能な限り客観的に捉えることに、いっぱいいっぱいだった。
「脚本で一つ、気になっていることがあるんだけど」
貴博さんにそう切り出された日、先にスタッフを帰して役者三人で語らうことにした。すっかり稽古場に馴染んだ彼が、土足のまま舞台で平然と胡坐をかいたので、私と勇也さんも車座になって腰を下ろす。
「夢と現実が二項対立になっているのは分かるんだけど、どうしてそれで書くことが現実逃避のように描かれるんだ? ユメは小説家志望なのに」
彼が口にした「気になっていること」は、なかなかクリティカルな疑問だった。
「……ユメのモデルが私だから、かな。趣味に全力で勤しんでいる今の自分を俯瞰して見た時に、演劇って非日常感が強いし、ちょっと現実逃避っぽいなと思って」
