スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました

「近くないですか?」
「俺にこういうこと散々やらせてただろう」
「そうだけど」
 もっぱら脚本家で演出家の私は、自分がされることには慣れていないのである。
「動揺してくれるんなら、格好つけたかいもあるってものだな」
「え?」
「いいか。まず、会社で大声を出すな」
 恐る恐る顔を上げると、びっくりするほど真剣な視線と目が合った。
「……そんなに怒ること?」
「だってまさか、職場で深雪に出くわすとは思わないだろ」
「それは、私もそうだけど」
 貴博さんははっきり「職場」と口にした。つまり、私たちは同じ会社の社員ということで間違いないらしい。
「次に、無事に本番を迎えたかったら、万が一社内で俺を見つけても話し掛けるな」
「何で?」
「……何でって」
 もしかして。
「舞台に立つの、秘密なの?」
 貴博さんが眉根を寄せる。どうやらそういうことらしい。
「へえ」
「何だよ?」
 なんだか学生の頃を思い出す。自ら演劇部に入っておきながら、知り合いに見られたくないと文化祭でこそこそしている役者というのがたまにいた。ただ、社会人劇団では舞台と日常が切り離されているため、この「こそこそ感」を目にするのは随分と久しぶりだった。
 きっと今、私はちょっとニヤニヤしている。
「じゃあ黙っていてあげる」
「おう、頼む」
 大きな会社ではあるけれど、こうして貴博さんと出くわした以上はどこに彼の知り合いがいてもおかしくない。