スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました

 あまりにも公演のことで頭がいっぱいになっていたからだろうか。向こうから歩いてくる男が、くだんのイケメンに見えた。
「貴博さん?」
「……え?」
 いや、見間違いではない。
 だってこの男、私と目が合った途端に回れ右してその場を立ち去ろうとしたのだ。一階のエレベーターホールに現れた人間が、エレベーターに乗らずして出ていくなんてあり得ない。
「待って」
 私はとっさに彼の腕を掴んだ。初めて見るスーツ姿は、上品なグレーでおろしたてのようにパリッとしていて、手に触れた感覚も無駄に滑らかな気がした。
「何か?」
「あ、あの――」
 他人のふりを決め込む貴博さんに言いたいことはいろいろあるが、まず出てきた言葉は一つだった。
「あなたのせいで、舞台が大変なことになってるんだからね!」
 エレベーター待ちの人たちの視線を集めるような大声を出した私を見下ろし、彼は小さく溜め息をついた。そして聞こえるか聞こえないかくらいの声量で指示を出す。
「ちょっと来い」
「え?」
 貴博さんが足早に歩き出す。結局エレベーターホールを通り過ぎ、誰も使わない非常階段の更に一階と二階の間の踊り場まで上ったところで振り返る。
 のこのこ後をついてきた私は、勢い壁際に追い詰められていた。
「……た、貴博さん?」
 イケメンの壁ドンは想像以上に破壊力があった。まともに彼を見ることができない。