スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました

『まあ、集客以前に考えないといけないことがてんこ盛りだからな。こんな電話しといてなんだけど、仕事中はちゃんと仕事しろよ』
 同じ演劇フリークの先輩の、まるで説得力のない忠告で電話は切れた。途端に会社という日常のすぐ近くに自分がいたことを思い出す。
「さて」
 いつもより長めに昼休みをとってしまった。さっさと職場へ戻るとしよう。

 私は大手の製菓会社に勤めている。
 この東京本社というのがなかなか、都心のビル街でも結構な存在感がある。というのも一階の一部が店舗になっていて、社員も一般人も美味しいお菓子が買い放題なのだ。実は演劇をやる上でも、差し入れ関係で重宝していたりする。
 とはいえ、自分にとって会社はお金を稼ぐ場所でしかない。趣味の演劇に全力を尽くすため、就活ではとにかく残業の少ない事務職を優先して選んでいた。だから職場に友達がいないことも、本当に苦ではないのである。
 社員口から入ってエレベーターを待ちながら、やっぱり舞台のことを考えていた。
 代役を立てるということは、チラシやパンフレットの文面も変えることになる。その辺りは勇也さんの方が気にしているはずなのに、広報の締切まで言及しなかったということは彼もまだ決めかねているのだろう。
 実際、貴博さんと連絡がつかないことにはどうしようもないし……ん?