「深雪はそれでいいのか?」
「うん?」
「ウチの看板女優って奴が、こんなガバガバでいいのか?」
「……うーん、そういうことでもないんだけど」
 貴博さんの目には、今の奈央子は「ちょっと可愛いだけでちやほやされ、何をやっても許されるアイドル女優」のように映っているかもしれない。確かに若干の腫れ物扱いは否めないが、それは彼女を自由にさせた方がいいと分かっているからだ。
「たぶん奈央子と貴博さんって、役作りへのアプローチが真逆なんだよね」
「え?」
「だから二人とも間違ってはいないというか……」
 私の所見でしかないけれど、奈央子は稽古の中で感じたものからヒロイン像を構築しようとしている。それなりに場数を踏んで必要な表現力を身に着けている彼女にとって、必要なのはよりリアルな感情だ。
 対して貴博さんは、脚本から読み取ったヒーロー像をどう表現すべきか模索している。経験の足りない彼が技術的なところで考え込むのは至極当然であるが、それ以前に自力で脚本解釈を深められているのが驚きだった。
「深雪」
 ポンと私の肩を叩いたのは勇也さんだ。そのまま腕を引き、舞台上の二人から距離を取る。
 ついてこようとした貴博さんを奈央子が引き留めたのは、変な独占欲ではなく演出と舞台監督が密談できるように――だったらありがたいが、あの顔でそこまで察せているとは思えない。
「遠慮してないで、貴博くんに頼んでみたら?」