カップを手に取り、中身の温度を探っていると視線を感じた。
「何?」
「深雪って基本、人のいるところで書くよな。俺の物書きのイメージって、いわゆる缶詰だったんだけど」
「あー、私は適度に雑音とか人の目があった方が集中できるかな」
 実家が店舗だったからだろうか。完全な静寂というものにはあまり馴染みがない。
 したがって夕食後は、ソファでくつろぐ貴博さんを背にダイニングテーブルで執筆するのがルーティンとなりつつあった。
「やっぱり邪魔だよね?」
「そんなことはない」
 彼は首を振るが、せっかくの大画面テレビが点いているところを全然見ないのは、こちらに気を使っているからではないだろうか。
「邪魔ならちゃんと引きこもるけど」
 もちろん自室はあるのだ。思いのほか俗っぽいエンターテインメントを好きな彼が書庫の如く使っていた部屋が、その蔵書ごと私の書斎になっている。やはりこの結婚、私の方が絶対に得をしている。
「いや、むしろここにいてほしい。いくら見てても怒られないし」
「そんなに見てたの?」
 反射的に尋ねると、貴博さんがくすくす笑い出した。
「ホントに集中してたんだな」