稽古を重ねるにつれ、貴博さんも動きやすいティーシャツなどを着てくるようになったが、他の男たちに比べて彼一人だけがシュッとしている。きっと演劇系男子が絶妙にダサい安物を稽古着に選びがちなので、余計にそう思うのだろう。
「だってそんなふうに優しくされたら、もういいやってなっちゃうじゃないですか」
 ふらふらと立ち上がった奈央子は、演技でそうしていた時のように、彼の腕を取って自身の腕と絡ませようとしていた。彼が迷惑そうに振り払ってもお構いなしである。
「理想のイケメンがここにいるんですから」
「……あんた、ユメの思考回路分かってる?」
 貴博さんのトゲのある声音にヒヤリとする。それでも二人が脚本の話を続けていることに、今度は一人でホッとする。
「書きたい、書けない。その自己嫌悪の中で、ちょっと優しくされたくらいで現実逃避する女じゃないだろう。だからこそヒロはこの後、ユメを振り向かせようとするんじゃないのか?」
 どうやら彼は理詰めで役作りをするタイプらしい。ものすごく頭のいい人だということが、言葉の端々から感じ取れる。
「それはそうですなんけど」
 奈央子が駄々をこねるようにこちらへ訴えた。
「ねえ、深雪さん?」
「こんなイケメンに微笑まれたら、ときめいちゃうもんねえ」
 遠慮を知らぬままベタベタする彼女へのもやもやを押し殺し、適当に話を合わせたら彼は更に眉間にしわを寄せた。