「麗さんが取引をけしかけた時。私だったら真正面から突っ込んでドン引きされて終わりだって……納得するしかなかったけど」
 お互いに「この人がこんなことをするはずがない」という論理も何もない主張を、あっさり認め合っているのだ。
「私のことなんか本当は信用しちゃダメだからね。何というか……焦ると結構出任せを言う人間だからさ」
 ごにょごにょと続けていると、彼はちょっとびっくりしたような表情で私を見つめ、笑った。
「……何?」
「いや、いろいろとお互い様なんだろうなって」
 急にくすくすと笑みを浮かべ、分かったような分からないような言葉を最後に彼は再び口を閉ざす。
 この場で問い詰めても良かったのだが、二人きりで話せる場所を目指してタクシーに乗っていることは明白だ。先程より幾分空気も和らいだので、ひとまずは黙っておくことにした。

 貴博さんが連れてきた先は彼の自宅だった。
 三十八階建てのいわゆるタワーマンションで、一階のエントランスにコンシェルジュがいて、玄関はリモコンみたいな鍵でピッと解錠ができるタイプ。存在するのは知っていたけれど、実物は初めて見た。
 扉を開く貴博さんの後ろで立ち尽くしていると、振り返った視線だけで入らないのかと訴えてくる。
「どうして急に、家?」