「だから冗談でも、人の女を口説くなよ」
 ……いやいや。
 堂々とした物言いが戻ってきたことは嬉しくもあるが、以前と同じ轍を踏みそうな気がして怖い。
「こっちのお姉さんは、兄ちゃんの子供を妊娠したって言ってるけど?」
 その不安を貴晴くんが的確に突いてきたというに、彼の表情は揺らがない。 
「それ、嘘だから」
「え?」
「この女が適当に吹いただけ」
 ビシッと指差す貴博さんは、いつの間にか麗さんに対して「この女」呼ばわりに戻っていた。
 ……でも、そんな簡単に妊娠なんて嘘がつけるの?
 皆の視線が今度は一斉に麗さんへ向かう。
「本当よ。証拠だってあるんだから」
 彼女がハンドバッグから取り出してみせたのは、母子手帳だった。
「ウソ」
 呟いたのは私である。
 本物を目にしたことはないけれど、わざわざこんなものを偽造するとも思えない。つまり麗さんの言葉は真実ということになるが――。
「俺の子じゃない」
 相変わらず貴博さんは自信に満ち溢れていて、わけが分からなくなってきた。そこへ更に麗さんが噛みついていく。
「よくそんな無責任なことが言えるわね」
「いや、あんたこそよくそんな嘘で丸め込めると思ったな」
 どちらも一歩も引く気配がない。
 すると麗さんは、私の方にちらりと一瞥をくれた。