暗黙の了解のように距離を置いていたはずの貴博さんが職場に現れた。
 以前の反省を活かし、昼休みに経理部を離れたところで捕まえにきたことは不幸中の幸いだったが、それでもイケメンの副社長はよく目立つ。
「深雪、今時間ある?」
「……」
 いや、単に私の視線が彼に引きつけられているだけかもしれない。格好いいってホントにずるい。
「忙しいなら――」
「この会社で私があなたより忙しいなんてこと、あるわけないでしょ」
「確かに」
 皮肉に納得しないでほしい。
 ランチに誘われたのでせめてもの抵抗のようにラーメン屋をリクエストした。女一人ではちょっと敷居の高い、味も量もガッツリした店のカウンターに御曹司を座らせる。
 文脈がなくなると貴博さんもスーツ姿のお兄さんでしかない。そのスーツの高級感にこの場で気付ける人間はそういないし、抜群のスタイルの良さも狭い店内でガタイのいいお兄さん方の中に紛れると少々華奢に見える。
「こうして見るとただの会社員だね」
 食券式のオーダーに手間取っていたところからは上流階級がにじみ出ていたが、それでも焦ることなく堂々と振る舞っていたので目を瞑ってあげよう。
「いや、俺だって今のところは会社員みたいなものだからな」