「急なことで貴晴も戸惑っていると思う。あの子に関しては私も貴博より甘やかしてしまったところがあるから……ホントに心配」
「浪人生、でしたか」
 奈央子がおもむろにこちらを向いた。何やらピンときたようにパチパチ瞬きをすると、ニッと笑顔を作る。
「深雪さん、貴晴くんの家庭教師になってあげたらどうですか?」
 ……言うと思った。
 それが良案と確信した後輩は、早速売り込みを始める。
「文乃さん、先輩は劇団で脚本家兼演出家をしています。つまり癖の強い自由人の集団を束ねる、ものすごく面倒見のいい人なんですよ」
「面倒見って。あの子が中学生ならそれが売りの先生もありがたいけど、浪人生よ? 既に二回、大学に落ちてるの」
 一流大学に合格させるだけの学力が最優先だという言外のミッションに、奈央子は目一杯の笑顔で答えた。
「全然問題ないですよね、深雪さん?」
「……まあ、最終的には本人次第ではあるけれど」
 彼女は私の肩をポンと叩くと、私の唯一万人に誇れる武器を突き付けた。
「先輩、こう見えて東大卒なんです。めちゃくちゃ頭いいんですよ」
「ウソ?」
 文乃さんの瞳はこれまで私に様々な感情を訴えてきたけれど、この時ばかりは驚きすぎてほぼ「無」だった。
 そして数十秒後、彼女は私に向かって深々と頭を下げていた。