「例えば、こういうのはどう?」
「はい?」
「私の知り合いの映画監督に、あなたの脚本を見てもらうの」
 意味が分からず彼女を見つめると、更に不可解な言葉が飛んできた。
「むしろ売り出し中の若手俳優とかの方がいいかしら? やりたいことがたくさんあって、フットワーク抜群の役者たち」
「……何言ってるんですか?」
「分からない?」
 マウントを取るようにもったいつけながら、彼女は真意を告げる。
「あなたは私と仲良くしておいた方がいいと思うわ。私が普段どういう世界にいるのか、聞いてたわよね?」
 要するに歌舞伎界のお嬢様は、私にとって垂涎ものに違いないコネクションをちらつかせてきたのだ。
「貴博さんを私に譲ってくれるなら、口利きしてあげてもいいわよ」
「お断りします」
 そんな取引ふざけている。私は即座に、丁重に首を振った。
「どうして? こんなにいい話もないと思うけど」
 心外だと言わんばかりに彼女は首を傾げている。
「だってあなたたち、愛し合っているわけじゃないんでしょう」
「それは……」
 麗さんの観察眼には恐れ入る。
 けれど、そこまで見えているなら何故貴博さんと結婚できると思ったのだろう。たとえ私が譲ったとしても、彼がそれを承知するわけがない。
「確かに恋愛感情とは違うかもしれないけれど、貴博さんは私を選んでくれたんです」