「心配するな。無事に縁談を断ったら二度と会うこともない相手だ」
 相変わらずの貴博さんに言葉を失う。
「で、でも」
「リアルに政略結婚を匂わせてきた取引先とはとっくに破談になってるんだよ。今更誰と拗れても怖くない」
 考えてみればそうだろうけど、言葉にされると彼の現状はヘビーだ。いい加減結婚するかと思い直すのも頷ける。
 口を閉ざしたこちらを見て、貴博さんは足を踏み出した。その強引なやり方は感心しないし、正直あまり上手くいく気もしない。しかしここまで来てしまったのだから、私も腹を括って後に続くことにした。
 入り口で彼が名前を告げると、テーブル席の並ぶホールをサッと横目に通り過ぎ、奥の個室へ案内された。店員が私の存在に小さく首を傾げたことには、気付かなかったふりをする。
 暖色系のカーペットが敷かれた床、重厚感のある扉、白いクロスを張った八人は座れそうなテーブル――そこには貴博さんの読み通り、文乃さんといかにも「お嬢様」な女性が待っていた。
 先日と同じように無地のブラウスとタイトなスカートで控えめに装った文乃さんは初めから席を立っていて、そのすぐ横に座っていた彼女も我々を認めて立ち上がる。
 私たちより少しだけ年下だろうか。癖一つない長い黒髪をまっすぐに切り揃え、赤いワンピースを着たその姿はとても艶やかに見えた。