九月一日

 新学期初日。体育館で校長先生の退屈で冗長な話が終わった後に、全校生徒の前で早瀬君が転校するということを発表していた。この発表の直後、三年ならまだしも二年や一年の方からも反応があった。今まで知らなかったが、早瀬君は美術部門で大きな賞を取ったらしく、人望も厚い為人気がかなりあったようだ。
 私は、早瀬君がいなくなってしまうという悲しみを共に感じてくれる人がいる嬉しさと、早瀬君の存在が急に遠くなってしまう悲しさを感じた。
 その後生徒全体の収拾がつかなくなり、私はその隙をついて無断で体育館から抜け出した。案外簡単だが、もう二度としないことにした。良心が痛む。
 そして、何もしなかった。ただ空を眺めて、いつの間にか過ぎ去った夏を惜しみ、これからのことを考えていた。すると、早瀬君がいつの間にか隣に座っていた。何か話さなくちゃいけないと思ったけど何も言えなかった。話したいことは沢山あったはずなのに、全部吹き飛んでしまった。けど、それで良かったのかもしれない。側にいるだけで嬉しい。実に不思議な感情だった。
 そんな感じで三十分くらいしてからだろうか、先生に見つかってこっ酷く叱られる、かと思ったら軽く注意されるだけで終わった。ただし「頼むから二学期だけでも指摘を止めてください」と土下座をされながら頼まれた。私と早瀬君のことも以後黙認してくれるらしいので承諾してしまった。
 しかし冷静に考えれば、これはいわゆる裏取引ではないのだろうか。少し不安になって来た。