思い思いのやり方で、いろりを構ってやっていたそのとき。

突如として、学院長室の扉が開いた。

「入るよ」

「ん?」

生徒の誰かがいろりを探しに来たのか、と思ったが。

やって来たのは、生徒ですらなかった。

「ルディシアじゃないか」

「うん」

今では正式に亡命者と認められたルディシアが、学院長室に現れた。

「あっ、いろりちゃん〜!」

見知らぬ人物がいきなりやって来たことで、警戒したのか。

それとも単に、シルナに撫で回されることに耐えられなくなったのか。

あるいは…ルディシアが纏う、特有の「死の匂い」を野生の本能で察したからか。

いろりは、するりとシルナの手をすり抜けて窓の外に出ていった。

がっくり、と肩を落とすシルナ。

逃げられたな。

「…いろり?何それ」

「猫だよ。最近学院に来て、マスコットキャラみたいに可愛がってるんだ」

首を傾げるルディシアに、天音が説明した。

「ふーん」

興味なさそうなルディシアである。

ルディシアは生きている者よりも、死んでいる者の方に興味があるんだろうから。

「猫の世話か…。呑気なもんだね」

全くだよ。

「まぁまぁ…。精神衛生の為に、時にはリラックスも必要だよ」

「そうそう、天音君の言う通り。さぁ、丁度良いや、ルディシア君。一緒におやつを食べよう!」

早速、シルナのおやつタイムだ。

仕方ないな。イーニシュフェルト魔導学院の学院長室を訪ねるというのは、そういうことだ。

何人たりとも、シルナのお菓子攻撃を免れることは出来ない。

何なら、学院に来客が来てもチョコ菓子勧めてる始末だからな。

みっともないからやめろって、再三言ってるのだが。

今のところ、全く聞く耳を持たないシルナである。

「今日のおやつは〜、美味しい美味しいチョコタル、」

「どうですか。この国にはもう慣れました?」

「うん。気持ち悪いくらい親切な人ばっかで…本当気持ち悪いよ」

だ、そうだぞ。

「分かる。僕も最初来たときは、そう思ってましたから」

と、ナジュ。

そんなこと思ってたの?お前。

親切にされたなら、素直に喜んどけよ。

「食客っていうのは名目で、俺を監視したいんだと思ってたけど…」

「予想以上に自由が効くから、逆に居心地悪いんですよね」

「うん」

ルディシアは現在、聖魔騎士団の食客という立場で、聖魔騎士団に迎え入れられている。

ルディシアの実力なら、正式に聖魔騎士団魔導部隊に入っても、充分やっていけるとは思うのだが。

しばらくは大人しくしておいた方が良いだろう、というシュニィの計らいである。

ルディシアがルーデュニア聖王国に寝返ったことを知って、アーリヤット皇国がどう動くか…まだ分からないからな。

身を隠すという意味でも、しばらくは食客扱いということになった。

その方が良いだろう。ルディシアにとっても、新しい祖国に慣れる時間が必要だろうから。