神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

―――――――…羽久が、遠い幻の世界で大きな決断をしたとき。

私もまた、一人学院長室の中にこもって、悶々と考え続けていた。

…悩んでいる、というのとは違うかもしれないね。

だって、私の心は既に決まっていたから。

ただ、背中を押すものを求めていただけだ。

誰に認めてもらえる訳もないのに、あなたは間違っていないのだと言って欲しかっただけだ。

「…シルナ様、大丈夫ですか?」

「…ヴァルシーナちゃん…」

学院長室の机に突っ伏すようにして、思い悩んでいた私のもとに。

心配そうな顔をしたヴァルシーナちゃんが、チョコマフィンを乗せたお盆を運んでやって来た。

「あの…マフィン、持ってきたんですけど…。食べますか?」

…元の世界の私なら、諸手を挙げて喜んでいただろうね。

でも最近の私は、すっかり甘いものを食べることをやめてしまっていた。

頭の中に糖分が足りてない。それは分かっているけど。

とてもそんな気分になれなくて、図らずもお菓子断ちに成功している。

元の世界のイレースちゃんが見たら、たまげただろうなぁ。

と言うか…ヴァルシーナちゃんが私にチョコマフィンを持ってくる。この光景の方に驚くだろうね。

毒でも入ってるんじゃないですか、とか言いそう。

毒は入ってないんだよ、これが。
 
しかも、あのヴァルシーナちゃんが私を心配して、私を気遣おうとしてくれている。

最初は慣れなくて、むず痒くて耐えられなかったが。

最近では、ちょっと慣れてきた。

と言うか…本来ヴァルシーナちゃんは、こういう子だったはずなのだ。

優しくて、気遣いが出来て…自分の仕事は責任を持ってきっちりこなす。

そんな良い子だったのだ。本来の彼女は。

それを私が、正しい選択が出来なかったばっかりに。

そのせいで、彼女は歪んでしまった。

私が果たせなかった使命に取り憑かれ、私が背負うべき責任を代わりに背負わされた。

思い出す。私の記憶にある、元の世界のヴァルシーナちゃんの顔を。

憎しみに歪んだ顔で私を睨み、恨み言をぶつける姿を。

私が正しい選択を出来ていれば、彼女にあんな顔をさせずに済んだものを。

今ではもう…幻の世界か元の世界か、どちらのヴァルシーナちゃんが本当の彼女なのか、分からなくなってきてしまった。

「あの…シルナ様?」

「…ありがとう。気持ちは嬉しいんだけど…私はあまり食べる気にならないから、君にあげるよ」
 
「は、はい…」

チョコマフィン程度で、君にしたことを償えるはずもないのだけど。

…ここ何日も、ずっと考えているんだ。