神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

そう。誰にとっても幸福な世界。

ここは、正しくそう呼ぶに相応しい世界だった。

一晩ゆっくり休んで、朝になっても。

俺の気持ちは、動揺は、何も変わっていなかった。

翌日、俺はイレース達に無理を言って休みをもらった。

とてもじゃないけど、いつものように授業をする気分になれなくて。

その変わりに俺は、聖魔騎士団魔導部隊大隊長の面々に会いに行った。

そこに行くと、それはもうえらいことになっていた。

まず一番に会ったのは、クュルナ。

彼女の横に、見覚えのない女性が立っていて。

二人は仲良さそうに談笑していた。

邪魔しちゃ悪いかと思いながら、俺はクュルナに声をかけた。

「クュルナ…。…ちょっと良いか?」

「はい?…あら、羽久さんじゃありませんか」

クュルナは俺を見て、嬉しそうに微笑んだ。

いつもの笑顔とは違う、何だか子供のように無邪気な笑顔だ。

その人生に、悪いことや不幸なことなんて何もなかったような…そんな無邪気な笑顔。

「今日は、どうかされたんですか?」

「あ、いや…」

他の面々がどんな風に過ごしているか…確かめに来たんだけど。

…その前に…。

「クュルナ…その、横の女性は…」

見覚えのない彼女は、一体。

するとクュルナは、よくぞ聞いてくれたみたいな顔で。

「私の親友です。これまではずっと地方に住んでいたんですが、最近王都に越してきたんです」

クュルナが紹介すると、その女性はにこりと微笑んで、愛想良く俺に会釈した。

この人が…クュルナの親友。

ってことは…クュルナが過去に、死者蘇生の禁忌を犯してまで生き返らせたかった人って…。

「今日は一日お休みをもらいましたので、これから彼女と一緒に、王都を案内して回るつもりなんです」

相変わらず無邪気に笑いながら、クュルナが教えてくれた。

…この人は、もしかして。

「…クュルナ。この人って」

「はい?」

「この世界では、死者蘇生が成功した…ってことなのか?」

「…はい?」

クュルナは、目を点にしてきょとんとしていた。

死者蘇生なんて言葉、今日まで聞いたことがないかのように。

…そうか。

「死者…蘇生?何のことですか?」

「いや、その…。…失礼なことを聞くが、あんたは…命が危ぶまれるような怪我や病気をしたことがないか?」

俺は、クュルナの親友に尋ねた。

彼女は驚き半分、戸惑い半分の表情だった。

そんな表情になるのも当然だ。

突然、よく知らない人に「あなた、死にかけたことはありませんか?」なんて聞かれたら。

誰だって怪訝に思うだろう。

しかし…。

「怪我…ですか。確かに私…子供の頃に、事故に遭って生死を彷徨ったことがありますが…」

「…」

「奇跡的に一命を取り留めて…今ではすっかり元気ですよ。ピンピンしてます」

…やっぱり。

元の世界の彼女は、そのとき命を落としていたのだろう。

それでクュルナは…この親友を生き返らせる為に、禁忌を犯した…。

「あのときは大変でしたね。心配で、心配で…私は一生分の肝を冷やしました」

「もう、大袈裟なんだから…クュルナったら」

「大袈裟ではありません。本当に心配したんですからね?…今はこうして元気ですから、良いですけど」

クュルナはわざとらしく口を尖らせてみせ、それを見た親友は笑っていた。

…幸せそうだな。

かつて本当の世界のクュルナも、こうして親友と仲良くおしゃべりしてたんだろう。

でも、その幸せは長く続かなかった…。

「…それにしても、どうしてそんなことを聞くんですか?私、何処かであなたに会ったことありましたっけ…?」

クュルナの親友が、俺に尋ねた。

…いいや、俺達はこれまで、一度も会ったことはない。

俺に出会う前に、俺がクュルナに出会う前に…あんたは、とっくの昔に死んでいたのだから。

「…いや、何でもない。気にしないでくれ」

でもこの世界では、彼女は…クュルナの親友は、死ななかったのだ。

だからクュルナも、死者蘇生の禁忌に手を染めることはなかった。

純粋に、無邪気に笑っていられる。

過去にあんなことがなかったら、クュルナはこんな風に笑っていたんだな。

知りたくなかったよ。

「はぁ…。あの、大丈夫ですか?羽久さん…」

「何でもないよ。…ただ、最後にもう一つ聞いても良いか?」
 
「はい。何でしょうか?」

俺は、一番聞きたかったことをクュルナに尋ねた。

「お前は、シルナ・エインリーを知ってるか?」

「…シルナ・エインリー?記憶にありませんけど…どなたですか?」