神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

孤児院、か…。

もしかして、ツキナが聞いている手前、『アメノミコト』を孤児院に見立てて話してる…って訳じゃないよな?

「その孤児院は…どんな場所だった?もしかして…鬼頭夜陰が…」

「きとー…?誰?」

いや、『アメノミコト』の頭目だろ。

お前達をずっと、『アメノミコト』に縛りつけていた張本人…。

「羽久が何のこと言ってるのか知らないけど…。孤児院は凄く良い場所だったよ」

と、令月が答えた。

令月とすぐりがジャマ王国出身じゃなくて、『アメノミコト』に所属していなくて、『玉響』が存命で幼馴染みで。

おまけに、『アメノミコト』の代わりに二人がずっと暮らしていた孤児院とやらは、居心地の良い場所だったと言う。

ことごとく俺の記憶とは違っていて、頭の中が大混乱。

「院長せんせーが凄い良い人でさー。俺達孤児にも優しかったし、学校もちゃんと行かせてもらえたもんねー」

「生活に困ったことなんて、一度もないもんね」

「…」

…そうなんだ。

何だか、とても複雑な気分だ。

俺の記憶にある令月とすぐりは、ジャマ王国に生まれて、『アメノミコト』に所属して、これまでずっと辛い思いをしてきた。

そんな二人が、何故かこの世界では、何の不自由もない幼少時代を送ったと言っている。

シルナの暗殺目的じゃなくて、普通に他の生徒と同じく、ちゃんと入学試験を受け。

正規の手続きを経て、イーニシュフェルト魔導学院に入学したと。

喜ぶべきことなのか、事実に反すると異論を唱えるべきなのか。

でも…。

「それじゃあ…二人共シルナのことは…」

「さっきからずっと言ってるけど、その野菜何?」

野菜じゃないんだよ。シル菜っていう新種の菜っ葉じゃなくて。

なんか、いかにも甘そうな野菜だな。

でもそうじゃなくて、俺は真面目に言ってるんだ。

「…分からないんだな、二人共…。シルナのこと、知らないんだな?」

「…」

俺があまりに真剣な顔して聞くものだから、令月とすぐりは戸惑ったような表情をして。

「…羽久がさっきから何言ってるのか、僕にはさっぱり分からないよ」

「俺の知り合いに、シルナなんて名前の人はいないねー」

令月とすぐりは、それぞれそう答えた。

…そうか、分かった。

令月も知らない。すぐりも…ツキナも知らない。

それじゃあ多分、そこらの廊下を歩いている生徒を捕まえて尋ねても、同じように「知らない」と答えるだろう。

よく分かったよ。

「どーしたのさ?羽久せんせー…。おかしーよ。いきなり変なこと言い出して」

「…」

俺にしてみれば、シルナを知らないと言い張るお前達の方が変なんだが。

彼らにしてみれば、いきなり知らない人物の名前を出した上に。

暗殺者だの『アメノミコト』だの、訳の分からない主張を繰り返す俺は、相当奇異に見えるのだろう。