神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

瞬きをする暇もなかった。

…今の動きは何だ。

さっきのバーサーカーも恐ろしく速かったけど、今のオルトロスはその比ではない。

素早いというより、まるでワープしたかのようだった。

「…私の実験台になるつもりがないなら、さっさと潰れて頂戴」

イルネの手元に、4枚のカードが光っていた。

…もしかして、あれで改造オルトロスを強化したのか…?

そんな…無理矢理ドーピングしたかのような…。

「マシュリ…!マシュリ、大丈夫か…!?」

「…」

オルトロスの牙に噛みつかれたマシュリは、噛まれた腕を抑えて顔をしかめていた。

牙が深く食い込んだ傷口は、肉が抉れて血が溢れていた。

なんて…鋭い、鋭利な牙。

ケルベロスの危機察知能力のお陰だろうか。咄嗟に回避したお陰で、何とか致命傷は避けられたようだ。

これなら、まだ戦える…か?

…しかし。

「…っ…」

マシュリは、その場にがくんと膝をついた。

「…!?マシュリ…!?」

改造オルトロスの牙は、ただ鋭いだけではなかった。

「一度噛みつかれたわね。もうおしまいよ」

得意げにイルネがそう言って、そのときに気がついた。

マシュリの左腕についた噛み傷が、濃い紫色に変色しかけていることに。

まるで、改造オルトロスの粘液が染み込んだような…。

「…!まさか、あれ…!」

「あら、ギャラリーの皆さんもお気づき?」

悪戯がバレた子供さながらの、茶目っ気たっぷりの表情で。

イルネは、楽しそうにくるりとこちらを向いた。

その余裕綽々の顔、何度見ても腹が立つ。

一回ぶん殴ってやりたい。そんな衝動に駆られる。

「お前…マシュリに、毒を…!?」

「えぇ」

言い訳も否定もせず、イルネはにっこり笑って頷いた。

毒…あの濃い紫色の変色は、毒が侵食している証。

正々堂々の決闘試合に、毒を持ち込むとは…!

…まぁ、元々、正々堂々の勝負には程遠いルールではあるけども。

それを差し引いても、毒を使うなんて卑怯過ぎる…!

「ケルベロスのキメラは強力だから。いかに私の最高傑作と言えど、油断すると負けてしまうかもしれないでしょ?私、自分の作品が負けるところなんて、絶対見たくないの」

「それで…毒を使ったって言うのか?オルトロスの牙に毒を塗って…」

「あら、それは違うわ。この毒は、オルトロスの体内で精製された毒なのよ。だから、魔物相手にはよく効くわ。人間相手の毒だと、魔物には効きにくいもの」

オルトロスの体内で…って。

オルトロスという種族は…スズメバチやマムシみたいに、元々体内に毒を持っている生き物、なのか?

すると、イルネはまたしても、聞いてもいないのにべらべらと喋ってくれた。
 
「本来、オルトロスの体内に毒物は一切存在しないわ。でも、人間の血を混ぜて改造を進めていくうちに、オルトロスの分泌液から毒が抽出されるようになった」

…つまり、この毒はオルトロスが本来持っている…天然の毒じゃなくて。

イルネがオルトロスを改造している過程で生まれた、人工的に作られた毒ってことなのか?

それじゃあ、解毒の方法も分からないじゃないか。