神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

嘘だろ、おい。

あのボロボロの身体で、何であんな動きが出来るんだ。

「マシュリ…!」

まともに食らってしまったら、さすがのマシュリもただでは済まないんじゃないかと思った。

しかし、俊敏なのは敵だけではなかった。

土埃の中から、すんでのところで受け身を取って攻撃を防いだ、マシュリの姿が見えた。

…良かった。

向こうの不意打ちも、どうやら不発に終わったようだ。

これでおあいこだな。

しかし、オルトロスの一撃はこれだけに留まらない。

一体その操り人形の身体で、どうやって動いているのかと疑うほどだった。

先程のバーサーカーもかくやという、俊敏な動きでマシュリに迫った。

本来の、魔物としてのオルトロスを知らないから、比較は出来ないが。

元々のオルトロスより、明らかに膂力が強化されている。

あの趣味の悪い改造は、伊達ではないということだ。

怒涛の如く畳み掛ける攻撃を、何とか躱せているのは。

マシュリが、改造オルトロスと同じくらい俊敏だからだ。

俺とかシルナだったら、多分最初の一撃でやられてる。

半分ケルベロスであるマシュリと、ほぼ同等の動きが出来る。

これが…マッドサイエンティストの、自称最高傑作。

オルトロスが動く度に、縫い痕から赤黒い粘液がポタポタと滴るのが不気味だった。

まるで、血を流しながら戦っているかのようで。

更にその粘液から、吐き気を催すほどの強い異臭が立ち昇っていた。

鼻が捩れるどころじゃない。あまりの臭気に、気分が悪くなってきた。

見た目がアレだから、余計気分が悪い。

イルネを指名したナツキ様でさえ、顔をしかめて見ているくらいだ。

そうだというのに、この場で唯一得意満面なのは。

「ねぇ、ねぇ凄いでしょ?見た?」

この改造オルトロスを作り出した張本人である、イルネだけだった。

「見てよ、この動き!本物のオルトロスよりずっと強くて速くて、格好良いでしょ?」

これを格好良いと言えるなんて、お前の美的センスはやはりどうかしてるよ。

俺には、おぞましい異形の化け物にしか見えない。

これが魔物…オルトロスの成れの果てなんて。

オルトロスという種族を、侮辱してるにも程がある。

「くふふふ。私の手にかかったらこの通り。あなたも是非、私の研究室に来て欲しいわ。同じように素敵な姿にしてあげる!」

冗談じゃない。

誰が、望んでお前の実験体になどなるものか。

もう何度思ったか分からない。ふざけやがって、この女…!

「…それは遠慮しておくよ」

マシュリは冷静に、イルネにそう言い返した。

見た目は凄く落ち着いているが、腹の中では怒りと憎しみが渦巻いているのが分かった。

彼らの種族を…魔物という生き物を、これほどまでに侮辱されて。

腹が立たない訳がない。

すると。

「…そう。それは残念だわ」

イルネは、興味を失ったように冷えた声で言った。

「じゃあ…もう用済みだわ」

…用済みって。

それがどういう意味かと、聞く暇もなかった。

突如として飛びかかったオルトロスの牙が、避け損なったマシュリの片腕に食い込んだ。