神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「…でも、この決闘に勝てば」

イルネは歪んだ笑みを浮かべて、マシュリを舐めるような視線で見上げた。

「決闘に勝ったご褒美に、ナツキ様はあなたを私にくれるかしら?」

「…さぁね」

冗談じゃないぞ。

例え決闘に負けたからって、マシュリをお前の実験体になんかさせるものか。

…そのとき。

「…ふざけるな」

怒りの滲んだ声で呟いたのは、俺でもマシュリでもなく。

「魔物は、お前の実験動物じゃない。彼らは人間と同じ、自分の意志があって、自由があって、尊厳がある。それを勝手に踏みにじって…こんなおぞましい姿に作り変えるなんて、絶対に許されない」

「…吐月…」

この場で唯一の召喚魔導師である吐月。

彼は、これ以上魔物の命が弄ばれることを許せなかった。

優しい吐月のことだ。

自分の相棒であるベルフェゴールと、目の前のオルトロスを重ねたのだろう。

無理もない。

「一体どれだけの数の魔物を犠牲にした?お前の勝手な実験のせいで、どれだけの召喚魔導師と、その契約召喚魔を苦しめた?その罪の重さが、分かってるのか?」

「…」

しかし。

吐月の正論は、イルネには全く響いていなかった。

イルネは胡散臭そうに、馬鹿にしたような顔で吐月を一瞥した。

「何を馬鹿なことを…?偉大なる発見の前に、下らない倫理観など足枷でしかないのに」

足枷だと?

罪のない魔物と召喚魔導師の犠牲の上に、いくら偉大な発見がなされようと。

そんな発見、何の栄誉も誇りもない。

「それに、おぞましい姿だなんてとんでもない。とっても素敵でしょ?元の姿よりずっと神々しく、威厳のある姿じゃない?」

「…」

…何言ってんだ、この女。

どうやら、非常に歪んだ美的感覚の持ち主らしいな。

俺達みたいな一般人じゃ、匂いだけで気を失いそうになる。

「こんなに強くなれたんだから、彼だって幸せのはずよ。ねぇ?」

しかも、勝手にオルトロスの幸せを決めつけている。

…幸せな訳ないだろ。お前の勝手な実験に付き合わされて、それで自分の意志を殺されて。

俺には、あのオルトロスが苦悶の表情を浮かべているようにしか見えない。

こんな地獄の苦しみから、早く解放して欲しいと。

「一体何を怒って…。あ、もしかして、あなたも召喚魔導師なの?」

「…!」

「やっぱり!そうなんだ」

吐月の反応を見て、吐月が召喚魔導師だと知ったイルネは、恍惚としてこちらを見つめた。

「良いなぁ…。決闘の代表団に選ばれるくらいなんだもん。きっと強い魔物と契約してるんだろうなぁ…」

吐月と契約している魔物は、冥界最上位クラスのベルフェゴールだ。

そりゃあイルネにとっては、「最高」の実験体になり得ることだろう。

「…私が決闘に勝ったら…君も一緒にくれないかなぁ…。ナツキ様に強請ってみようかなぁ…」

…馬鹿を言うな。

決闘の勝敗など関係ない。マシュリも吐月も、お前の玩具になどさせるものか。

…すると。

「…もう充分だ」

マシュリが、イルネを睨んでそう言った。