神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「凄いでしょ?ね、凄いでしょ?」
 
「…」 

マシュリは何も答えないのに、イルネは構わず話し続けた。

「この子はなかなか優秀な実験体よ。ケルベロスと同じで、上位の魔物だったから余計にね。魔物の血を抜いて、人間の血を半分混ぜても死ななかった」

言いながら、イルネはオルトロスマリオネットを撫でていた。

愛しい子供でも触るかのように。

ぬるぬるとした気色悪い粘液のようなものが、イルネの手のひらにべっとりとついていた。

その粘液からも強い異臭がして、思わず吐き気がこみ上げてきた。

しかし、当のイルネは全く気にしていないようだった。

「身体中、あちこち改良を加えて…。あぁ、でも上位の魔物だけあって、最初は凄く抵抗されてね…大変だったわ」

「…」

「脳みそを弄っても、まだ暴れようとするから…。…でも、四肢を全部引き千切って、強い薬を投与したら、大人しくなったわ」

…それは、「大人しくなった」んじゃない。

無理矢理抵抗する術をなくして、「大人しくした」んだ。

「その後、また別の種族の手足を繋ぎ直して、人間の血に耐えられるよう、中身を入れ替えたり…」

そうこうしているうちに、原型を留めない…そんな姿に成り果てたと。

これじゃあ、もうもとのオルトロスじゃない。

オルトロスの皮を被った、ただの死体だ。

「色々苦労したけど、見てよ。ほら、これ。凄く上手に出来てるでしょ?現世でも魔物の力を使える。おまけに、私の言うことを何でも聞くの。召喚魔導師じゃなくても」

「…そう。…それは結構なことだね」

と、マシュリは答えた。

自分にとっては、親戚筋とも言える種族…オルトロスの、変わり果てた姿を見て。

マシュリも、他人事ではいられないはずだ。

「えぇ。苦労した甲斐があったわ」

皮肉めいたマシュリの視線を無視して、イルネはにっこりと笑った。

そして、その笑顔のまま言った。

「…でも本当は、あなたのことを色々調べたかったの。あなたが『HOME』にいた頃から、ずっと」

…マシュリのことを?

「後面的なキメラは、あくまでも人工物でしょ?検体にするなら、やっぱり天然の素材に限るわ。先天的な人間とケルベロスのキメラ…。一体どんな風になってるのか、是非調べてみたい」

天然の素材、って…。

非人道的な実験を、散々繰り返しておいて…。

「『HOME』にいたときは、一応仲間だからと思って我慢してたけど…。こんな風に敵対する羽目になるなら、やっぱり我慢しなきゃ良かった」

マシュリが『HOME』にいたとき、イルネが何とか、マシュリを実験体にすることを我慢してくれて良かった。

そうじゃなかったら、今ここで俺達に相対しているのは、マシュリのマリオネットだったかもしれない。

実験体にされた、あのオルトロスには申し訳ないが…。