神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

私の姿を見るなり、部屋の前に立っていた警備員がぎょっとした顔をしていた。

私があまりに険しい表情をしているものだから、恐ろしくなったのだろう。

険しい顔にもなる。あんなことを知らされたら。

「ど…どうなさいましたか?フユリ女王陛下…」

「もう我慢なりません。私を今すぐ、ルーデュニア聖王国に返してください」

私がそう言うと、警備員はうんざりしたように、

「ですから…それは出来ません。国境が封鎖されてるんですよ。ミナミノ共和国の国民であろうとも、外国からのお客様であろうとも、何人たりとも出入国不可なんです」

飽きるほど何度も繰り返した「言い訳」を、またしても口にした。

そうですね。

この不毛なやりとりを、何度繰り返したことでしょう。

でも私は、「駄目だ」と言われたからって、すごすごと引き下がる訳にはいかないんです。

私の肩には、全てのルーデュニア国民の命が乗っているのだから。

私は、彼らの平穏な生活を守る義務があるのだ。

「今、この国を出るのは危険なんです。ホテルから一歩でも出たら、反政府組織のテロリストが…」

…馬鹿なことを。

本当にテロリストに怯えているなら、あなただって、こんなところで私の見張り番なんてしている余裕はないはずだ。

テロリストなど口実で、それどころか先日首都で起きたというテロだって、ミナミノ共和国が仕組んだものなのだろう。

「それに…そう、今ミナミノ共和国の領海内は、酷く天候が荒れているんです。ルーデュニアと違って、ミナミノ共和国は島国ですからね」

「…」

「この時期に無理矢理海外に渡航しようとして、嵐に巻き込まれて行方不明になった人が大勢いるんですよ。ルーデュニア聖王国の王族の方を、そのような危険に晒す訳にはいきませんから」

いかにも、もっともらしく言っているが。

要するにそれは、私をミナミノ共和国国内に閉じ込める口実に過ぎないのだろう。

「構いません。危険なのは百も承知です。渡航中に何が起きようと、全て私の自己責任です。返してください」

「ま、まさか。いくらそうおっしゃられても…ルーデュニア聖王国の女王様を、そんな危険な目に遭わせては、我々の立つ瀬がありません」

「私はすぐにでも戻らなければならないんです。今はサミットが…世界会議が行われているんです。私が参加しなければ、ルーデュニア聖王国は…」

「でも、代理の方が出席なさっているんでしょう?それなら大丈夫ですよ」

何を根拠に、「大丈夫」だと言っているのか。

サミットまでにはルーデュニア聖王国に帰るつもりだったから、私は代理の者なんて用意していなかった。

選ばれた代理人が誰なのか、新聞には詳しく載っていなかったが…。

誰であれ、本当の意味で私の代わりになる者はいない。

事実ルーデュニア聖王国は今、兄に言われっぱなしで、まるで言い返すことが出来ていない状況だ。

無理もない。

私でなければ駄目なのだ。今、ルーデュニア聖王国の危機を救えるのは私しかいない。

だから私は、今すぐ祖国に帰らなければならないのだ。

…最悪の事態が起きる前に。