神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「こんな馬鹿げた条約…本気で締結するつもりなのか?サミット参加国の」

「分からない…。でも、アーリヤット皇国は、サミット参加国の中でも発言権の強い国だから…」

それこそ馬鹿げてる。

偉い国の提案だから、間違った条約でも唯々諾々と従うって?

自分の頭で、冷静に考えることも出来ないのか。

それでも国の代表か?

「サミット参加国の中にも、親魔導師国はあるはずだろ」

反魔導師国家であれば、ナツキ様の提案に諸手を挙げて賛成するだろう。

だが、世界には魔導師に厳しい国ばかりが存在する訳ではない。

ルーデュニア聖王国のように、魔導師に優しい国だってある。

そういう国は、このようなふざけた条約、断固として反対するはずだ。

…しかし、ここにナツキ様の狡猾な罠があった。

「勿論、世界には数多くの親魔導師国家がある。…けど」

「けど?」

「その親魔導師国家の筆頭…。率先してナツキ様の提案に反対するべき、舵取りをする人間…フユリ様が、今はいないんだよ」

「…!」

「親魔導師国家は、ナツキ様の提案が間違っていると分かっていても、フユリ様に代わって、公然とナツキ様に反論する…その陣頭指揮を取れる者がいないんだ」

…ナツキ様の提案が間違っていると思っていても、あなたは間違っていると言う…言える人がいない。

本来なら、それはアーリヤット皇国に並ぶ大国である、ルーデュニア聖王国の役目だった。

でも今は…率先してナツキ様に反論出来る唯一の人物…フユリ様…が、サミットに参加していない。
 
親魔導師国家は、ナツキ様に反対したくとも、反対の声を挙げられないのだ。

各国の複雑な、微妙な関係の上に成り立っているパワーバランスが、こんなところで悪影響を及ぼすとは。

「そんな…。フユリ様がいないからって…ナツキ様の言いなりかよ…」

「…条約の草案を提出する前に、ナツキ様はルディシア君とマシュリ君の件を持ち出して、ルーデュニア聖王国を批判している。今現在、ルーデュニア聖王国は世界の悪者なんだよ」

何だそれは。

ルーデュニア聖王国が世界の悪者だから、余計ナツキ様に反対するような意見が言えないって?

何処までも、計算ずくとしか思えない。

嘘八百を並べ立てて、フユリ様の居ぬ間に洗濯…ならぬ。

フユリ様の居ぬ間に、自国民を拉致したと言いがかりをつけて、ルーデュニア聖王国を国際的に批難。

言い返す間もなく、立て続けに新条約の締結を提案した。

フユリ様がいないからって、やりたい放題じゃないか。

おまけに、ルーデュニア聖王国は現在、他国の外交大使を人質に取った悪者、ということになっている。

女王であるフユリ様が不在の今、いくら俺達が釈明を行ったとして、聞き入れてもらえるかどうか…。

このままでは、ナツキ様の言い分だけが一方的に通ってしまう。

ルーデュニア聖王国まで、そのくそったれな条約に参加させられたら、どうなるんだ?

国家に所有される道具になるなんて、絶対に御免だからな。