神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

まず一番に狙われたのは、ベリクリーデだった。 

「っ、ベリクリーデ!」

「えっ…」

先程、星の剣で斬られたお返しと言わんばかりに。

マシュリは床を強く爪で引き裂き、飛び散ったその瓦礫が、ベリクリーデの身体に直撃した。

「かはっ…」

巨大な瓦礫の破片を、まともに食らってしまったベリクリーデは。

両手の剣を取り落とし、その場に崩れ落ちた。

「…ベリーシュ…!」

ジュリスが呼びかけても、ベリクリーデは立ち上がれなかった。

ベリーシュって、ベリクリーデのことで良いんだよな?

いや、今はそれどころじゃない。

ナジュが倒れ、ベリクリーデが倒れ…。

限界の近いジュリスは、何とか防御魔法陣を展開しているものの、あと何分…いや、何秒持つか分からない。

かく言う俺も、視界が狭窄し、目の前がぐるぐると回っていた。

出血によるダメージが、徐々に身体を蝕んでいるのだ。

もう少し何とかなる…いや、何とかしたかったのだが。

どうやら、限界が近いようだ。

…その時だった。

「…あっ…」

頭の中で、自分の意識が遠退いた。

同時に、冷や汗が背中を伝った。

不味い。

これは…俺が俺でなくなる前兆。

目の前の状況をピンチと判断して、「前の」俺が姿を表そうとしていた。

駄目だ。それだけは。

「前の」俺は、自分とシルナの身を脅かす存在を許さない。

マシュリに対しても、容赦なく牙を剥くだろう。

マシュリを殺してはいけない。あいつは何も悪いことなんかしていないのだから。

「駄目だっ…堪えてくれ…!」

必死に「羽久・グラスフィア」の意識を保とうとする。

しかし、元々俺は「前の」俺の派生人格に過ぎない。 

オリジナルの人格である「前の」俺には逆らえない。

それでも何とか抗おう、自分の意識を保とう…と。 

余所事に気を取られた、その隙が命取りだった。

「羽久!」

「っ…!」

ジュリスに鋭い声で警告されたときは、既に手遅れだった。

マシュリが放った巨大な魔力の塊を、まともに食らってしまった。

またかよ。

俺は、みっともなく床をゴロゴロと転がる羽目になった。

目の前にバチバチと火花が散って、平衡感覚が掴めない。
 
手をついて起き上がろうと思うのに、上も下も、右も左も分からない。

「うっ…ぐ…」

意識が遠退いていく。 

諦めなきゃいけないって言うのか。マシュリが…こんなに苦しんでいるというのに。

早く立て、羽久・グラスフィア。

お前の痛みなんて、マシュリが今味わっているそれと比べたら、全然大したことないだろう。

一番辛いのはマシュリなんだ。俺が倒れる訳には…。

「ま…しゅ、り…」

俺は何とか首を起こして、でたらめに魔力を放つマシュリを見上げた。

お前を、誰にも殺させない。

誰も、お前に殺させない。

その為に、俺は…。

見境なく周囲を攻撃し続けるその姿は、泣いているようにしか見えなかった。

どうしようもない自分の運命を嘆いて、泣き叫んでいるようにしか。

これ以上泣かなくて良いんだって、マシュリに言ってあげなくては。

…それなのに。