神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜

「マシュリさん、入りますね」

件の誘拐犯は、本当に客室に案内されていた。

一人になった隙に、こっそり逃げ出したのではないかと危惧していたが…。

「…」

部屋の中には、やや小柄な青年がいて。

ちょこんと床に体育座りして、ぼーっと宙を見上げていた。

…。

…これが、シュニィを拉致した誘拐犯?

そして、人間と魔物のハーフだと言う。

全然そんな風には見えない。

何処にでもいる、普通の青年っぽいのだが…。

影武者…とかじゃないよな?

「大丈夫ですか、マシュリさん。何か必要なものはありませんか?」

誘拐犯とは思えない、お客様待遇である。

しかしマシュリという魔物は、首を横に振った。

そして。

「その人達は?」

シュニィと共に客室にやって来た、俺達のことが気になるようだ。

「こちらは…イーニシュフェルト魔導学院の学院長先生と、教師の方々…。それからアトラスさん…聖魔騎士団団長で、私の夫です」

と、シュニィが説明した。

すると、マシュリの顔色が変わった。

「夫…。家族…君の居るべき場所なんだね」

「…えぇ、そうです」

「また会えたんだね。…良かった」

…何だ?

シュニィとマシュリの間で、何やら含みのある会話が繰り広げられているのだが…。

とりあえず、俺達を見ても敵意丸出しで掴みかかってくる…様子はなさそうだ。

至って冷静、とても落ち着いているように見える。

そして。

シュニィの次に、マシュリはナジュの方をじっと見つめた。

お…?

「…?この匂い…」

マシュリが何かに気づいたようだ。

匂い?なんか匂いするか?

「あなたは…リリス様…?いや、でも姿が…」

「…御名答です」

…どうやら。

マシュリは、ナジュの中にいる魔物の存在に気づいたようだ。

まぁ、そりゃ気づくだろうな。

「僕の中にはリリスが…あなたのご主人様がいます」

今朝、ナジュが教えてくれた。

ケルベロスという種族は、冥界の女王リリスの眷属なのだと。

リリスがマシュリのことを知っていたのも、それが理由だ。

両者がまだ冥界にいた頃に、お互い顔を合わせたことがあるから。

「…リリス様…。リリス様が、何故そのようなところに…」

…当然の疑問だな。

だが、ナジュとリリスの関係をイチから話していたら、あっという間に日が暮れる。

気になるのは分かるが、その話は後回しにしてもらおうか。

「…それよりも」

早速、本題に入ろうじゃないか。

「お前がシュニィを誘拐した犯人…ケルベロスと人間のキメラ、だったな?」

「…そうだよ」

全く怯えた様子もなく、マシュリは素直に頷いた。

…そうか。

「僕が彼女を攫った。僕が計画を立てて、僕が実行したんだ」

否定することも、言い訳することもせず、あくまで自分の罪だと認めた。

その潔さは、称賛に値する。

だからって、犯した罪が許される訳じゃないがな。