残念ながら、マシュリさんの契約している魔物が何なのかは分からない。

私も一度しか見られなかったし、それに…何度も言うように、不意打ちだったから。

でも、あの異形は間違いなく、魔物のそれだ。

そして魔物なら…過剰に恐れる必要はない、はずだ。

何せ聖魔騎士団魔導部隊には、吐月さんがいる。

彼が契約しているのは、冥界最上位の魔物と呼ばれるベルフェゴールさんだ。

更に吐月さんは、あのシルナ学院長ですら「初めて見た」と言わしめるほど優れた召喚魔導師である。

だからこそ、ベルフェゴールさんという高位の魔物と契約出来たのだろう。

逆に言えば、吐月さんクラスの召喚魔導師は、滅多に存在しないということだ。

聖魔騎士団魔導部隊にいる別の召喚魔導師さんも、吐月さんは特別だと口を揃えて言っている。

マシュリさんが、いかに優秀な召喚魔導師であろうとも。

でも、吐月さんほどではない。

それが分かっているなら、過剰に恐れる必要はない。

吐月さんとまともに戦って勝てる気はしないけど、でもマシュリさんは、吐月さんほどの召喚魔導師ではないろう。

だったら、私にも充分勝ち目はある。

契約している魔物の種類が分からないのが、唯一の不安材料だ。

何せ冥界には、ナジュさんが契約している、不死身の女王さえ存在しているのだから。

さすがに不死身の魔物は、リリスさんくらいだと思うけれど…。

何かしら、特殊な能力を持っている魔物である可能性はある。

しかし、それはつまり、その能力さえ警戒していれば良いということ。

…いずれにしても、私はおめおめとマシュリさんに殺されるつもりはない。

「これで最後の警告です。私を解放してください。さもなければ…手荒な手段を使ってでも、私はあなたを止めます」

私は強い敵意を持って、マシュリさんにそう言った。

マシュリさんは少しも怯んだ様子はなく、私をじっと見つめた。

…自分が負けるはずはない、と高を括っている顔ですね。

良いでしょう。あなたがそのつもりなら…。

…しかし。

「…君は二つ、勘違いをしている」

と、マシュリさんは言った。

「…何です?」

「僕は別に、君を殺すつもりはない」

…え?

殺すつもりはない…。じゃあ、何の為に…。

「それからもう一つ…。僕は召喚魔導師じゃない」

「…え…?」

召喚魔導師じゃない?

でも…私の部屋に現れた、あの異形のバケモノ。

あれはどう見ても、間違いなく冥界の魔物だった。

魔物を扱うなら、それは召喚魔導師ではないか。

「なら…あのバケモノは…?あれは魔物では…」

「…その、バケモノっていうのは」




私の戦意など、あっと言う間に消えてなくなった。

「…これのこと?」

目の前に現れたその異形に、私は思わず悲鳴を漏らした。