「と、とにかく、こちらこそ今後とも宜しくお願いします!」

 私も起立し、大きく頭を下げた。いわゆる降参のポーズをされて朝霧君はますます困った顔をしているに違いない。
 しかしケジメはしっかりつけなければならない訳で。彼はもう後輩の朝霧君じゃなく、上司の朝霧部長なのだ。

「私は抱えている案件がありますので失礼します。それからご結婚おめでとうございます」

 社内恋愛、それも松下部長の部下とーーなんて余計な事は言わない。かの部長の価値観を当人が知らないはずないから。むしろ彼は松下部長が認めざる得ない業績を上げたとも言える。

「それでは失礼します」

 再度一礼し、書類を抱えると場を離れた。

「岡崎さん、出世も結婚も先を越されて可哀想ー」

「仕事一筋でやってきてるのにね」

 こんな囁きを浴びようが顔色を変えない、というより変えてやるものか。

 指摘は図星であるものの、私は精一杯勤めているのだし背中を丸める必要などないんだ。うん、胸を張ろう。
 こういう時、ポーカーフェイスと揶揄される顔立ちに生んでくれた両親に感謝する。

 部署を出た足で、とある部屋へ向かう。

 廊下まで朝霧部長の誕生にザワつき、私の姿に複雑な目配せをし合う。揃いも揃って次期部長と評され、その気でいた女の計算違いを遠巻きに見守るのだった。