「あっ、部長はこれから会議ですよね?」

 脳内で社内スケジュールを巡らせ、彼がこんな真似をしている場合ではないと進言する。

「あぁ、もうこんな時間か。行こうかな」

 腕時計で時刻を確認し、次いで私の顔を見た。

「連絡を待ってるね。うっかりメモを無くしてしまう前に番号を登録しておきなさい」

 簡潔かつ的確に。仕事の指示をする風に言い、こちらのポケットを顎でさす。

 流石だ、携帯電話を持っているのも、メモを紛失を画策するであろうことまでお見通し。なにより、私から連絡するであろう未来も見据える瞳から目を離せない。

 部長の目は三日月のように鋭く尖って、奥に宿る本音を探ったら怪我をする。それでも彼の心に触れてみたいと思ってしまう。

 部長が部屋を出ていった後、へなへな蹲った。
 軽妙な語り口調が耳に纏わりつき、甘い残り香が漂い、部長の残像に抱き締められているみたい。

 ーードキドキ胸が高鳴る。憧れという枠に閉じ込めてあった感情が暴れていた。